『ウィーン近郊』黒川創

『ウィーン近郊』黒川創

ウィーンで25年間暮らした兄が自殺した。今は京都に住むその妹がその後の手配のために現地へ飛ぶ。彼女は養子縁組から間もない乳児を連れての旅である。そこで領事官や職場、教会など兄の知人などの手助けを得てつつがなく手配を済ませて帰国するというストーリーである。

あまりない経験であろうが今日では珍しいことではない。そして心象風景も大きな起伏がなくたんたんと綴られる。きわめてパーソナルな感情を個人の枠を大きく出ることなく描くという、私小説という近代日本の純文学の系譜を引き継ぐ作品。

しかし、私小説はあくまでも作家個人の独語がベースであるが、この作品は複数視点による構造でそれが開放感をもたらしている。だから飽きない。

ところで、私は妹の西山奈緒の葬儀場での演説や、領事館の久保寺光のブレヒトやクリムトに関する内的独白は作家が言わせたもので現実のものとは思わない。そしてもちろん作家にはそうする権利があるし、読者にもどうとでも解釈する権利はある。

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『武器としての「資本論」』白井聡

武器としての「資本論」 白井 聡 マルクスの資本論の体系的解説書ではなく、同書を素材とした新自由主義打倒への指南書。 「20世紀中庸にあったフォーディズムなどは決して労働者保護政策ではなく、あくまでも国内に消費者育成が必要であったという資本家側の都合によるものである」など興味深い指摘がある。 また、「資本主義的成長終焉の本来の原因は国内に安価な労働力が枯渇したからに過ぎない。低賃金の労働者を求めて海...

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『枝野ビジョン 支え合う日本』枝野幸男

『枝野ビジョン 支え合う日本』枝野幸男 立憲民主党党首の政策表明。「党の綱領とは違う」とはしながらも政策の方向性はこれに沿って策定されることは間違いない。 枝野の政治観は「保守・リベラル」。それは安倍以前の自民党政治と親和性が高い。そして枝野の保守とは、近代以降のわずか150年間ではなく1500年に及ぶ日本の歴史を尊重するものである。一方、現在の自民党が謳う保守はこの近視眼の方であることは言うまでもない。...

映画「ボーダー 二つの世界」Amazon Prime

映画「ボーダー 二つの世界」Amazon Prime 人の感情を嗅ぎ分ける能力を持った税関検査官の女が実は人類ではなかったというストーリー。 スウェーデンの映画は日本人が思う洋画とは違う肌触りがある。ちょっと変わってて面白い。西欧にありながらもキリスト教文化とは距離があるからか。 人類ではない生物の生理をわかりやすく擬人化せず、「感情移入も一体化もできない」と異質なものとして感覚させるこの映画の文法...

映画「ラプソディ オブ colors」

映画「ラプソディ オブ colors」 東京蒲田にあった障害者とその支援者の居場所「colors」に集まる人々を追ったドキュメンタリー作品。しかし、この映画は障害者が主役ではなく障害者を支援する大人たちが主役。社会問題や障害者本人に迫るところがなくちょっとがっかり。 また、ここでもカメラを持った監督が対象にあれこれと突っ込んだことを聞いており、最近のドキュメンタリーってこんなの多いなと思った。 子ど...

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「白魔―アーサー・マッケン作品集成〈1〉」アーサー・マッケン

「白魔―アーサー・マッケン作品集成〈1〉」アーサー・マッケン 有名な「パンの大神」を読んでないと思いだして読んでみた。高橋洋の映画「恐怖」はこの小説にインスパイアされたとのことで、確かにモチーフをなぞっている。 脳のある機能を刺激すると本来見えるはずのない物事が見えるようになり、それでその処置をされた女が正気を失っていき、やがて何か邪悪なものを産み落とすという。 それはそれで面白かったのだが、この1...

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「台湾、あるいは孤立無援の島の思想」呉叡人

「台湾、あるいは孤立無援の島の思想」呉叡人 台湾人の研究者による台湾に関しての歴史および国際政治評論集。しかし、評論だけではなく詩的な表現や書簡形式、エッセイ風もありと多様な表現形式である。 台湾社会が、自国についてはもちろん、世界政治を、歴史を、日本を、東アジアをどうみているのかが分かる。 台湾をめぐる各国のせめぎあいが微に入り細に入り記述されるのでそれだけでも興味深いのだが、何よりも彼にとっての...

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「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ

「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ 現代に生きる韓国の女性の生きづらさを綴った小説。韓国社会の状況を知る上で興味深い。 制度的には恵まれているように見える韓国の現代女性だが、実際は各世代の男女の考え方などに残る男性中心主義に悩むことが多いとのことだ。 この小説でも主人公のキムには理解のある夫と幼い子どもがいるが、いつしか精神を病み、回復については最後まで明らかでない。 そういう物語だ...

映画「ハンディキャップ・キャンプ: 障がい者運動の夜明け」Netflix

映画「ハンディキャップ・キャンプ: 障がい者運動の夜明け」Netflix ジェネド・キャンプは1950年代から70年代にかけてニューヨーク州にあった障害者のためのキャンプ。時代がそうだったのでそこでの日々は、ロック、ピース、フリーダム、そして希望に溢れていたものだった。 しかし、障害者の日常はやはり差別と沈鬱さにまみれていた。有名な障害児施設、ニューヨーク州ウィローブルック州立学校では50人の知的障害児に...

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「日本の教育はダメじゃない ―国際比較データで問いなおす」小松光・ジェルミー・ラプリー

「日本の教育はダメじゃない ―国際比較データで問いなおす」小松光・ジェルミー・ラプリー 本書はピザ、ティムズ、ピアックなど国際的な調査に基づいた日本の教育への提言である。「だから日本はダメだ」との見方にも、「だから日本はスゴイ」との主張にも与することなく、あくまでも科学的視点の提案に徹底している良書。 本書では巷間に流布する日本の公教育に関する悲観論をデータに基づいた国際比較からひとつひとつ否定していく。...

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「サハリン島」エドゥアルド・ヴェルキン

「サハリン島」エドゥアルド・ヴェルキン 核兵器と生物兵器によって破滅した世界で、日本だけは唯一の文明国として生き残っている時代。日本が接収した国境の地であり監獄の地でもあるサハリン島を未来学者の美少女とその護衛が旅するというポスト・アポカリプスSF。 ロシア人作家が日本社会を舞台にサハリン島を舞台にしたというだけが目新しい平凡なSF小説だった。 マッキントッシュのコートの下に二丁拳銃を隠し持つロシア...

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「ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー

「ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー 単なる個人の社会観の表明でエッセイに過ぎない。それにムダに長くて惹かれるところがない。このテーマならもっと面白く語るエッセイストやコラムニストはたくさんいるだろう。 これだけ路上で冷たくなっていく人々や現場に多忙死があふれる世の中で、この人には居心地のいいオフィスにいてヒマで死にそうな人々しか視野に入っていないのかと思うと戦慄する。...

Forever Young – Bob Dylan

Forever Young - Bob Dylan May God bless and keep you always May your wishes all come true May you always do for others And let others do for you 神さまの祝福がいつでもありますように すべての望みがいつか叶いますように いつでも人のために尽くし、人々が君...

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『ふだん使いの言語学ー「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』川添愛

『ふだん使いの言語学ー「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』川添愛 言語学、情報学の研究者による日本語の使い方指南。特に興味をひかれる内容ではなかった。良い日本語は論文、記事、小説、SNSなど多様なものを多く読み、多く話し、書くことによって自然と身につくものではないのか。 本書でいちばん納得したことは、言語学は言語のエキスパートではなく、正しい言葉遣いの専門家でもないということ。「自然現象としての言葉の仕組み...

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「英語独習法」今井むつみ

「英語独習法」今井むつみ 認知科学、言語心理学、発達心理学を専攻する研究者による実践的英語学習法。世の中によくあるノウハウ集や学習参考書とは違って人間の言語認知のしくみから効果的な第二言語の習得を提案する。 基本的な考え方は日本語と英語の「スキーマ」の違いを理解すること。そのためにコーパスや各種ツールを使ってひとつの言葉がどのような文脈で多く使われているのか、言い換えるとしたらどのような単語や熟語があるの...

『パターソン』Amazon prime

『パターソン』Amazon prime ジム・ジャームッシュ円熟の最新作。 詩人の街、ニュージャージー州パターソンで詩を書くバス運転手のパターソンをはじめ、悪い人がひとりも出てこない。みんないい人ばかり。 妻役のゴルシフテ・ファラハニがとてつもなく愛らしい。あと、ミステリートレイン以来の永瀬正敏も出てる。 作中の詩はロン・パジェットという詩人の作品。言葉がじっくりと表示されてこれも楽しめる。 ...

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「ディアスポラ」グレッグ・イーガン

「ディアスポラ」グレッグ・イーガン ハードSFが行き着くとこまで行ってしまった作品。情報としてネット上に存在する人類が宇宙創造の鍵となる存在を探して多元宇宙を旅するというストーリー。 もう、普通の人間は出てこない。生身の人間もDNA操作で現代人とは違うし、主要な登場人物は情報としての存在なので生き方も考え方も違う。彼らは通常は実時間の何倍ものスピードで生きており、必要な時のみ低速化して実時間を生きる。 ...