これは本ではない―ブック・アートの広がり@うらわ美術館
「本」をテーマにして収蔵と展示をすすめている美術館。毎年、「本」にまつわる企画展を実施しているのですが、今年のも大満足でした。
入口近くにマルグリットの「これはパイプではない」に絡めた柏原えつとむの「THIS IS A BOOK」があり、この全ページ見開き写真があって、すでに没入状態になってしまった。
ようやく我にかえり、振り返ると正面のガラスケースには渡辺英司の蝶の群れが。
ガラスのこちら側と向こう側、さらには奥の壁面に膨大な数。華やかでありはかなくもあり。その手間を考えるとまたため息が出る。
彼の「蝶瞰図」は大地の芸術祭でもあいちトリエンナーレでも見たが、いずれも古民家でのサイトスペシフィックなものだった。ホワイトキューブでの展示は初見だが、やはりこちらの方が迫力がある。
さて、この美術館は陶芸作品の収蔵がまた素晴らしい。やはり書籍をモチーフにしたものなのですが、今回も小品、大作含めて多数出てました。
文学作品からファッション誌まで焼いてみましたという西村陽平の作品群もはかなく、もろくてよかったけど、荒木高子の聖書シリーズに再会できたのがうれしかった。
砂となって崩れ行く聖書、原爆の熱波に焼かれた聖書、パンドラの箱にあった燃え尽きた聖書。人間の愚行と信仰の深さというテーマが伝わってきます。
大物では三島喜美代の、「20世紀の記憶」。
新聞の紙面が転写されている膨大な数の素焼きのブロックが、無造作に配置されている様子には、人の記憶の無常さと記録の永遠性が同時にありました。
そうした書物という記録媒体の無常さについては、福本浩子「THE LIBRARY OF BABEL」の古紙圧縮ブロックの巨大塔も同じ。
もはや書かれている内容よりも、モノとしての本が強い存在感を持ち得ることを感じさせてくれるのが、長い間土に埋れていた本を掘り出したかのような長沢明の「土本」。
一方、テクノロジーによる情報としての書物を象徴的に表現しようとしているのが、カン・アイランの豪華に光る書籍群。これは今年ヴァンジ彫刻庭園美術館でやっていたもの。これ行けなかったのでよかった。
書物とアートの関係性を考えるとどうしてもコンセプチュアルな表現を期待してしまうが、その部分は河口龍雄で満たされた。美術館収蔵の「関係」が一挙に出ていて興奮した。
一冊の本とこれに添えられた植物の種子が鉛で綿密にコーティングされている作品群。放射能や放射線を通さないという鉛によって堅固に守られた種子と知識の象徴である書物。現代社会への絶望と未来への希望ということか。
「関係―叡智・鉛の百科事典」では同じく鉛に包まれた百科事典と世界地図がスチール棚に厳かに設置されている。それはあたかも人類滅亡後に保管された知識の保管庫が開かれた瞬間を見るようだった。
河口の新作は「水に浮かぶ…」シリーズ。こちらは書籍を蜜蝋でくるみ、あふれんばかりの水盤に浮かべるというもの。うっすらとタイトルなどが読み取れるので懸命に読み取ろうとするが、少しでも触れると水がこぼれてしまうのでは、という緊張感もある。
什器の色使いも明るく蜜蝋の透明感も心地良く、爽快感のある作品だった。
若林奮の「LIVRE OBJECT II」は吉増剛造の詩集「頭脳の塔」をステンレススチールのボックスに保管したもの。
キャプションによると、吉増の朗読会で若林が「私はこのネジを信頼します」との呪文をとなえながら一本づつネジを取り外し、おごそかに詩集を取り出したとのこと。
言葉をあやつる詩人とモノに概念を彫り出すアーティストとのコラボレーション。そしてそれを面白がる観客がいた。私はそんな時代に無性にあこがれます。
最後の大物が遠藤利克の、焦げた匂いも新たな焼かれた書籍群「焼かれた言葉」。
前回の展示ではこれらが床いっぱいに並べられたのだが、今回はコンテナに詰められて積み上げられています。今でも焦げ臭い匂いがするオブジェは迫力。毎回楽しませてくれます。
それほど大きくないスペースなのですがモノを見る歓び、概念を読み取る歓びが十分に堪能できる素晴らしい展示会でした。ひとつひとつ読み取っていくと2時間は楽しめます。
「本」というものは誰が書いたのか、いつの時代に書かれたのか、どのような意図があるのか、どのような人々に読まれたのか、など多くの意味を内包しています。同様に、装丁、デザイン、素材、形態などモノとしての価値も見出すこともできます。
こうした素材である「本」をアーティストが扱うとき、自ずとそうした意味をどのように解釈し、作品としてさばくのかが期待されます。実際に、多くの分野の多くの作家がそれに取り組んでおり、成功したり失敗したりしています。そして、私たち鑑賞者にとってはその取り組み自体が楽しみとなります。
しかし、同時に鑑賞者にも作家の取り組みを読み取る能力と同時に、「本」の意味についての知識を要求されます。その点で「本」に関するアートとは鑑賞しがいのあるテーマであると言えるでしょう。
さて、帰りに前回の展示会「オブジェの方へ」の図録を求めて図書室へ行ったのですがなんと完売。
それならせめて松澤宥の「80年問題」のページのコピーがほしくなり、職員の方に聞いてみたのですがそれは出来ないとのこと。ですが、いろいろと調べてくれて市立中央図書館を紹介してくれた。とてもありがたかったです。
ということで「80年問題」のテキストを入手して松澤宥の世界に浸っています。この作品はうらわ美術館の収蔵だということなのでいつか再会できるのを楽しみにしています。