横浜トリエンナーレ 2008
横浜トリエンナーレ@三渓園
先週、横トリボラの交流会に参加して、「三渓園だけ行ってないんですよね、呼んでくれないんですよね」とぼやいたら、たまたまその場に三景園のディレクターがいて、その場でシフトに入れてくれた。言ってみるもんだ。
ということで、昨日は初の三景園ボラでした。会場が市内から離れているもので家を出たのが7時前。普通の日本庭園なんだけど、ここで現代アートイベント。いままでにない体験でした。
他会場と違って基本的に屋外展示なので開放感がある。しかもアートファンだけでなく普通の庭園見学のお客さんもたくさん来るので雰囲気も違って楽しかった。
また、先週、NHKの日曜美術館で横トリが紹介されたこともあって、今週は特にお客さんが多かったとのこと。
ティノ・セーガル「Kiss」
重要文化財の古民家の座敷で男女のダンサーが超スローモーションな動きで絡み合ったり、重なったりキスしたり。普通の座敷でこれをやってるわけだから、アートを見に来たわけでないお客さんはびっくりしたり、憤慨したり。これに対応するためだけの監視員も呼ばれたりして苦慮していた。
中谷芙二子「雨月物語」
一番人気がこれ。小さな滝と流れの奥から霧が突然湧き出したり、霧を刺し貫くような光が走ったり。アマチュアカメラマンたちが「こんな景色今しかない」とバシバシ撮っていました。それから監視ボラの私に「こんなん撮れたよ」とうれしそうに見せてくれたり。
ホルへ・マキとエドガルド・ルドニツキー「薄明」
一番気に入ったし、苦労したのがこの作品。
国宝のお寺の本堂に斜めにワイヤーが張られている。そこに白熱電球がぶら下がっており20分間かけて斜めに下がってくる。同時に暗くなっていき左下に到達した時に切れる。これを胡弓の音楽を聴きながら見つめるというもの。
単に電球を見つめているだけなんだけど、20分もこの空間にいるとこれがこの世界の全てのような気分になる。最後に電球が切れる時には「あっ」と声を上げたくなる。音楽が終わって外の雑踏が新鮮な音のように押し寄せてくる。
こんなシンプルでローテクな作品なのに、この心の高まりは何なんでしょう。また、外に出たとき世界を新鮮に感じられるこの感覚は何なんでしょう。どんなに衝撃的な映像満載の映画を見たときよりも心が深く広く沈み込み、高らかに舞い上がります。
他人同士のお客さんが暗い本堂で膝を抱えて同じひとつの電球をじーっと見つめている様子を見て、監視をしている私が何だかじーんとしてしまいました。アートの力とこんなアートを受け入れる日本人の文化度の高さに感動しました。
それはそれとして、このローテク機器の具合の悪さと調整には苦労しました。ワイヤーの張力が強すぎるらしく巻き取り部品は削れていくし、針金の消灯スイッチは曲がってしまうしで、毎回調整が大変で、本番になってもちゃんと機能するかドキドキでした。
何でも作家は交換部品も残さずに帰ってしまったとのこと。長丁場のイベントだけに、これから大丈夫か?まだ2ヶ月はあるぞ、と心配になりました。
でも毎週来て深く関わってる分、イベントの裏側がわかって面白い。ほんといい経験させていただいてます。