橋本平八と北園克衛展 異色の芸術家兄弟@世田谷美術館
展示会前半は兄である橋本平八の木彫を中心とした作品群。戦前の作家で、生涯のほとんどを郷里の伊勢で過ごし、わずか38歳で生涯を終える。
最初の部屋では「裸形の少年」、「少女像」など見ごたえのある大作が並ぶが、特に惹かれたのは彫刻のために描かれた下絵や木取り図。
いずれのドローイングも達者だが、これに付記されている文章がまた達者。創造のきっかけとなる日々の出来事や日々感じたことなどが達筆で書かれている。ひとつのエッセイとして読ませるような見事な文章だった。
作品はほぼ仏教彫刻が多いが、スケッチと見比べるといずれもモデルは家族や地元の人々らしい。その微笑ましい姿態やしぐさや表情が、達磨さんや鍾馗さまに反映されている。子守娘のまっすぐな目と背負われた乳児のあどけない視線に惹かれる。
後半からがらっと雰囲気が変わり、戦前の前衛の時代を生きた弟の北園克衛のパートになる。彼は兄と同じ彫刻を手掛けることはせず、詩作やデザイン、出版に携わった。
戦前はあの「マヴォ」に詩やエッセイを寄稿した。その当時の前衛雑誌が大量に展示してあり、アートアーカイブとして興味深い。あの頃の前衛雑誌の自由な文字組から当時の息吹が伝わってくる。活版であのような組版とは驚異的。
それにしても、当時のアーティストが現代よりもはるかにクロスメディアだったことに感心する。絵画、彫刻などファインアートに関わっていた作家たちが、文学、演劇、建築、音楽に積極的に関わっている。今日の作家の方がタコツボ化してないだろうか。
多摩美大に北園克衛文庫というのがあって、ここに彼の主な仕事であった機関誌「VOU」が保管されている。この展示会では1935年に創刊され、1978年まで続いたその全刊が展示されている。
その表紙のデザインが素晴らしい。VOUというロゴと、執筆者名あるいはシンプルな写真のみで構成されている。感動的なのはそれが45年分、160号すべてに一貫しているということだ。リニューアルを繰り返す近頃の雑誌のことをつくずくと考えてしまった。
彼はハヤカワ・ミステリのエラリー・クイーンの装丁も手がけていた。若い頃、ミステリファンだったので全部読んでいる。このシンプルな表紙を、そうだったのかと思い出した。
ところで、初期のアーカイブのキャプションにときどきあらわれるジョン・ソルトコレクションというのが気になった。米国人らしいが、この方が日本の前衛詩人にどのように関わってアーカイブを収集することになったのだろうか。
さて、展示会としては芸術家兄弟であるが分野が違い、前半と後半ではかなりテイストの違うものとなったが、二人の精神的な結びつきを強調する記述もあり、ブリッジとなる仕事を大きく取り上げるなどの配慮もあり、好意的に感じられた。
郷里で彫刻をつくり続けた人物の短い生涯。詩人であるが、デザイン、写真、出版に携わった人物の生涯。こうしたふたつの人生を俯瞰する、めくるめくような展示体験だった。
特に後半は、詩作を中心とする作家の多様なメディアの展示物によるアーカイブ展と言ってもよいもの。それを美術館がみごとにつくったと思う。満足度の高い展示会だった。