継承と活用:アート・アーカイヴの「ある」ところ@東京国立近代美術館
継承と活用:アート・アーカイヴの「ある」ところ@東京国立近代美術館
アーカイブ、しかもアート・アーカイブという極めて限られた分野のシンポジウムなので人が集まるのか?と思っていたら、上村松園でにぎわう上階に負けない賑わいで、東京国立近代美術館の講堂は150人の定員一杯になっていました。
先ずはパネリストが順番に基調講演。
1番手は慶應大学アートセンターの上崎氏から。「<アーカイブ的思考>の堆積作用」と称してアーカイブと地質学との類似について指摘し、時間の流れや現象の「観測所」としてのアーカイブという問題提起をした。さらに、スミッソンの有名なアースワーク作品である「螺旋の突堤」を通じてサイトとノン・サイトについての議論を提示したが、これが後ほどの議論のキーワードであるオリジナルとエフェメラの関係性につながっていく。上崎氏の問題提起はわずか30分のスピーチでは伝わりきらない。まとまった論文なり書籍にすることが必要なのではないか。それはともすれば抽象的な思考実験のように聞こえたが、後ほどのパネルディスカッションを見据えた戦略的な挑発であったのかもしれない。
2番手が資生堂の樋口氏による社内文化資産データベースについての現状と課題についての報告。資生堂は自社製品に関するポスター、CMなどの企業資料、自社文化施設の収蔵品や蔵書などの文化資産を一括検索できるイントラネットデータベースを構築、運用している。データベースの構築、運用にまつわる課題としては、資料収集、インデックス化、メタデータのルールなどが挙げられたが、いずれも何年も前からどこのアーカイブでも指摘されている問題で、企業データベースでもまだ模索しているのかと驚いた。また、企業アーカイブにおいてはカメラマン、モデルなど制作関係者の著作権が大きな問題であることが発見だった。
3番手が武蔵野美術大学美術館・図書館の本庄氏。武蔵野美術大学の造形研究センター創設にともない、近代デザイン資料、映像資料、民俗造形資料など3つのデジタルアーカイブ構築プロジェクトが進行中とのこと。進行中のアート・アーカイブ構築の現場レポートとして興味深いが、アーカイブの価値はあくまでも当学の学生や研究者の利用満足度であるなど、文化事業の卑小化が感じられた。アーカイブは100年単位での記録保管事業であり、研究者間の連携や学際的活用などを見据えた発言も聞きたかった。
最後が国立近代美術館情報資料室の水谷氏。ミュージアムにおけるアーカイブ構築の歴史的経緯や実際の構築メソッドなどが惜しみなく報告された。アート・アーカイブ本流の現在を伝えるという意味でとても意義深い講演だった。特にアーカイブの最小単位をアイテムではなくファイルとし、バーティカルに保管すること、図書館の共通フォーマットであるOPACで検索可能とすることが大事など実際的なノウハウが興味深かった。
休憩をはさんでパネルディスカッションの始まり。
コーディネーターを担当した神奈川県立近代美術館の水沢氏のブレークトークはメイヤー・アガシというほぼ無名の作家について。アガシは架空のアーティストを構築しその資料を美術館に展示するという作品を作った。その行為は、ともすれば実在のアーティストを「再構築」し、アーカイブという作品を「制作」していしまう可能性という、アート・アーカイブならではの課題を示唆して興味深い。
さて、ディスカッションはこうしたアートからの問いかけや上崎氏のアーカイブについての根源的問いかけと、予算獲得や構築に関わっている現場の立場の呼応によるエキサイティングなものとなった。
アーカイブはあくまでもオリジナルの保存を目指すべきものであるとの水谷氏の発言に対し、分類を実施した段階でオリジナリティは失われており、むしろアーカイブというグリッドを通じて表現されるべき別物であってもいいのではないかとする上崎氏。アーカイブ受け入れのとき、アイテムの選択はあるべきではないとする水谷氏と、パーソナルなアーカイブにおいてはテーマ性や遺族の意向から選択は必然的にありうるとする本庄氏。
昨年末に慶應アートセンターで行われた上崎氏の展示会「印刷物という『半影』」でも指摘があったが、アーカイブにとっては欠如を明確にすることが重要ということをあらためて聞いた。ともすればデータベースは存在するアイテムのレコードのみをリストし、そこから検索するものだが、アイテムを時系列に配置してみてそこにある空白を把握することが重要とする上崎氏の見解はアーカイブの表現に新たな視点を示唆してくれた。それを受けた水沢氏の「欠如はある覚悟を促す」という発言も印象深かった。
会場からはアーカイブ、図書館、博物館関係者から熱心な現状報告や課題が寄せられた。慶應アートセンター土方巽アーカイブで有名な森下隆氏や大御所写真家の安斎重男氏も会場におり、発言があった。
13:00開始で17:30までのシンポジウムと長丁場だったが、それを感じさせない知的好奇心を刺激される時間だった。次回もぜひ参加したい。