「日本の前衛 1945-1999」瀬木慎一(生活の友社)
戦前から戦中、戦後の占領期、それに続く政治の季節、高度成長期まで。日本の近代において大きな潮流となった前衛美術のダイナミズムを、作者が実際に関わりあった人々のエピソードをふんだんに交えて記述している。それでも回顧的なものにならず、近代美術史としての包括的な視点がある。
まずは、占領軍の発行した「星条旗(Stars and Stripes)」紙を綿密に読み込み、ここから日本人作家による戦争画のその後について追跡している。同じく、進駐軍のための施設であるアーニー・パイル劇場において終戦直後に開かれたいくつかの美術展についても取り上げている。いずれも歴史に埋もれたエピソードであり、とても興味深い。作者は実際にこの劇場で働いていた。
その後、彼は美術批評家として、また展覧会の企画・運営などに活躍していくのだが、その頃に知り合った朝日、毎日、読売などの新聞社、西武などの百貨店の人々との関わり合いが実際の仕事におけるエピソードを通じて語られ、時代の気分や雰囲気がよく伝わってくる。
離合集散を繰り返す前衛美術団体についても内部からの体験談を交え、作家同士の感情的対立にも触れ、臨場感がある。しかし、時代の動きを踏まえた俯瞰的な視点を忘れずに書かれており、記録的価値も高いものと思われる。これら団体の栄枯衰勢において黒田清輝、岡本太郎、瀧口修造の活躍が印象的だった。
60年代と言えばアートとコミュニズムとの関わりが世界的に高まった時代であり、その流れに日本も例外ではなかった。それがどのようなルートで日本の芸術団体へ連結していったのか、音楽家、文学者らを巻き込んでいったのかについても詳しい。
国立美術館の整備されていなかった時期に画廊が若手作家の主要な発表の場だった。その画廊経営のドラマも楽しい。特に松村画廊の矢崎恒平の、美術に興味のないながら若手の作家たちを煙に巻いてひょうひょうと過ごす様子が人物の魅力を伝える。
しかし、ハイレッドセンターや芸術観光協会などハプニング・パフォーマンスで一世を風靡したグループについては、意図的かもしれないがほとんど記述がなく残念だった。
ともあれ、全体的には綿密で包括的な労作であり、近代日本の美術史を伝える宝物のような一冊。アートファンなら誰もが手元においておくべきであろう(と思ったけど絶版だった、古書扱いで探すしかない)。村上、会田やそれ以降の現代について50年後にいったい誰がこのような歴史書を書けるのか、心配でもあり楽しみでもある。