ダナニータ・シン展「ある写真家の冒険」@資生堂ギャラリー
最初の写真集が1986年で、それから10点の出版物だから相当なキャリアを持ったひと。それなのに日本で紹介されるのが初めてとは驚き。資生堂ギャラリーの目利きは素晴らしい。
フォトジャーナリズムからキャリアをスタートしたとのことで、撮影対象は街、人物、室内、家族などごく身近なもの。インドなので我々にとってはエキゾチックであることは確かなのだが、驚くような風景や加工があるわけれではない。
ホテルの窓に映るバーの景色と外の木立、足踏みミシンにもたれる痩せた老人、ある結婚式の風景。しかし、そうしたありふれた映像を重ねることによって鑑賞者それぞれにストーリーが浮かび上がってくるという作品群だった。
インドの異質な文化は西欧人を魅了し、多くの映画が作られたが、そのほとんどが旅についてのものだった。アラン・コルノーの「インド夜想曲」はフランス人がインドを旅するが、見つけようとしたものは自己像だったという話。
そのようにインドにおけるアウトサイダーが彼女の写真にインスパイアされてストーリーをつくろうが、それは自分の文化に基づいたものだろう。それはそれで面白いが、私はインサイダーによって日常として切り取られ、それによって形作られるストーリーに興味がある。彼女はどんなストーリーを作ったのだろう。
そんなことを思ったのは会場に彼女の作った写真集がいくつも置いてあったからだ。
正方形裁ち落とし、ポートレイト型で下に余白を大きく取ったもの、いずれも書籍という表現形式へのこだわりが見て取れる、それ自体がすばらしい作品だった。
アートにおいて写真は、手にとってページをめくって鑑賞するという行為が有効である分野である。ホンマタカシの展示会でも効果的な展示があった。
シンの作った写真集「SENT A LETTER」はもうひとつの成功例として多くの人の記憶に残るだろう。
手のひらに収まるくらいのサイズの正立方体の箱。布張りしてあって、4面に英語のメッセージが書いてある。宝箱のようにフタを開くと小さな冊子が7点入っている。取り出すとじゃばら形式になって一頁に一点ずつの写真が。
手に取ったら誰でも購入して自分だけの部屋で楽しみたくなるような写真集。しかし、市販はされていないとのこと。残念。ぜひとも会場で手にとってみてほしい。
その宝物のようなハコに詰め込まれた彼女のストーリーはもちろんとても大事なものに違いない。展示会場ではなく、ある夜に一人の部屋でふと思い出してそのストーリーを慈しんでみたい。