見えない世界のみつめ方@東京都写真美術館
写美のシリーズ企画展で、テーマは世界を把握するためのいくつかの方法。
NASAによる宇宙開発の感動的な画像からエジャートンの有名な高速度撮影写真、ガリレイ、ケプラーの貴重な書物があるが、今回の目玉は鳴川肇による新しい世界地図とdouble Nagative Architectureによる空間把握技術だろう。
鳴川の考案したオーサグラフは新しい世界地図の表現方法。
一般的な世界地図はメルカトル図法であるが、これは南北に行くほど歪みが生じることが知られている。オーサグラフではこの歪みが少なく距離の把握が正確であるという利点がある。また、地図の繰り返しが可能であり、東西・南北という地図上の周縁が実際には連続していることを理解しやすい。オーサグラフについて詳しくはこちら。
展示会場にはこの地図の概念についての解説映像や、オーサグラフを使った地図と時間の経過を組み合わせた歴史地図の試み、大陸移動のアニメーションなどがある。いずれも見慣れた知識を新たな地図で見せてくれる知的興奮を誘うものだった。
特にオーサグラフがタイル状に並べることができることを表現した映像に感動した。
球面である世界は上下・左右/東西・南北という一枚の図版で表現されるべきものではなく、限りなく連続するものであるという概念を認識させてくれた。オーサグラフによる世界の把握方法や認識方法が経済学や国際政治学にもたらすものは多いのではないか。
double Nagative ArchitectureのSuper Eyeは空間把握及びその表現の新しい技術。一般的に空間を表現するときには3次元空間上の1点を視点とし、そこから見えるものを平面にプロットしていくという方法をとる。そこには奥行きや距離に関する情報は基本的に表現されず、投影法も人間の感性や記憶に頼っているに過ぎない。それが絵画の歴史だったし現在もそれに根本的な違いはない。
Super Eyeは平面上の各プロットに距離(奥行き)情報を付加して表現する。具体的には図面上の各ポイントに斜めに距離情報が延びているという表現になるのだが、それはもちろん見にくい。
世界のある都市を指定して、そこから世界の各都市の方向と距離を把握するためのプログラムや有名な建築物の内部をある地点から見るというプログラムを見たが、人間には理解しがたいものだった。
しかし、これは人間のためではなく、コンピュータが空間を把握するためのものだった。プログラムが空間を把握することが可能になったらどうなるのか。それを表現する展示を見たときにその可能性の大きさに感動した。
Corporate_Eyes::structureは空間の状態を把握して自律的に移動するというプログラム、Corporate_Eyes::flockは自分と同種の存在を感知しながら自律的に行動するプログラムである。これによってカモが群れの状況や異物の介入、空間の変化を感知しつつ行動することをシミュレーションすることができるようになる。
以前からこうしたシミュレーションの研究は行われていたが、いずれも表面的で実用レベルにならなかったのは行動のきっかけとなる空間認識手法に重きをおかなかったからではないか。Super Eyeのアプローチはプログラムによる行動制御の根本的な指針となると思う。
いずれも知的興奮を誘う展示で、美術館でこうした体験ができるとは想像していなかった。産総研や理研でやっても、もちろんどこかの科学博物館でやってもおかしくない高度な科学コミュニケーションを提供してくれる展示会である。
オーサグラフとSuper Eyeを「世界を把握する方法」としてアートの文脈から展示することにした写美の学芸員もすばらしい。アートの知的興奮もサイエンスの知的興奮もまったく同種であるということを認識させてくれた。