「ぼくらは海へ」那須正幹(文春文庫)
70年代の小学6年生。進学塾に通っているちょっと勉強ができる系の。塾の行き帰りに通る埋立地で、気まぐれから船をつくることになる。そして夏休みに向けて彼らだけの船出を夢見るのだが…。
ズッコケ3人組の作者のデビュー前の作品。そのイメージにそぐわない重苦しい空気と救いのない結末だが、それでも読んだものに忘れられない印象を残す児童文学の傑作。
(以下、ネタバレあり)
楽しいひと夏の冒険の話になるのかと思いきや、5人の男の子たちの複雑な家庭環境を綿密に、念入りに語りあげる。息苦しい学校生活や塾通いの日々も。埋立地での船作りがその息抜きなのかと思えば、そこにもやるせない気遣いや対立が浮かび上がる。
高度成長期、受験戦争の頃の子どもたちってこうだったかなと思うが、ちょっと大人になりかけの子どもたちは、いつだってそんなストレスの毎日を生きているのかもしれない。今の子どもたちは、そのやり過ごし方がうまくなっているだけで。
だからこそ、そんな息苦しい毎日の描写の行間に時折きらめく少年らしさの輝きが、このうえなく美しい。そして貴い。校長先生の足元にいるカメムシ。仮面家族の白々しい会話の果てに破裂するダイナマイト。
なので、船を守って死んだひとりの奮闘も、その後とうとう船出したふたりの悲劇的な結末も、古の英雄譚の雰囲気を帯びる。旅立ちの朝の海霧の輝き。読後、なぜかその映像が私の脳裏に残った。
悲しい小説ではない。夜明けの冷たい空気を吸い込むような物語である。