「避難弱者 あの日、福島原発間近の老人ホームで何が起きたのか?」相川祐里奈(東洋経済新報社)
著者は国会事故調の調査員。報告書では病院の避難について担当したが、そこで書ききれなかった老人ホームの避難についてまとめたのが本書。
原発間近の老人ホーム、避難勧告、人も資材もない。混乱や苦労は想像に難くないが、実際に何があったのか。渦中にあった本人にインタビューし、事実を時系列に並べ替え、きわめて詳細に記した本書は貴重な報告である。
総理大臣の避難命令に従って避難し、工場に移ることになった施設の過酷な生活があり、避難しないことを選んだ施設に向けられる心ない非難もあった。
施設利用者の苦しみも大きいが、職員の肉体的、精神的苦痛がとてつもないものであったことが克明に記録されている。
こうした記録を活用し、将来予測される事態に備えることは知性と文明とともにある社会にとって自明の理だろう。もし、そうでないとしたら、われわれの社会には知性も文明もないことになる。
最終章できわめて具体的かつ実際的な課題提起とノウハウが明らかにされている。これは行政、自治体、施設、社協にとっては明確な宿題であろう。
それにしても原発事故に対しては、単なる災害をはるかに超えた対策が必要になることが本書から読める。
委託していた給食業者が避難してしまったために食事を出すことができなくなった施設がある。
「これまでは全国大手に給食を外部委託していたが、今回の事故で早々に大手は撤退することがわかり、地元の給食業者とも関係を維持しておく必要性を痛感した。本園では現在、大手との契約を解約し地元の給食業者と契約している」南相馬市・竹早園(特養)・施設長
福祉における「原発対策」とはもはやビジネスの問題ではない。ライフスタイルや社会に対する意識の問題なのではないか。
そしてこれは、もちろん福島県のいち地域の問題ではない。日本中まんべんなくこうした意識変革を求められているのだ。