「驚きの介護民俗学」六車由実(医学書院)
民俗学の研究者が介護施設に就職。そこで業務の傍ら利用者に聞き取りをしたところ、そこは民族学的知識の宝庫だったというルポ。
たしかにかつて民俗学者はムラや古老に話を聞きにいったものだったが、そうした人々は老人ホームにもいる。しかもそれは従来の民俗学からこぼれた、近代の発展を支えた人々の声だった。
例えば、ムラの電化生活を開いた電線敷設業者。彼らは電力会社からの委託を受け、家族ぐるみで対象地域を定住と移動を繰り返していたとのこと。子どもは現地の学校を転校しつつ暮らしていたとのことで、まさに近代の非定住民である。電気をもたらす彼らはどの村でも大事にされたらしい。
また、日本近代の主要産業であった養蚕に必要な蚕分類を担う女性たちがいた。やはり養蚕会社から委託を受け、各地の農家に派遣されていた。テキパキとした職業女性たちが農村を訪問するということでとても人気が高かったらしい。
ともすれば農村と都市の生活にクローズアップすることの多い民俗学だが、こうした産業従事者の声を発掘し、民俗学の可能性の提示をした価値は高い。
しかし、著者は老人ホームで民俗学研究をしているわけではない。あくまでも視点は高齢者施設の職員である。
高齢者ケアにおける民俗学的アプローチを「介護民俗学」と呼び、従来のケアする側とされる側という関係性とは別の関係性の可能性を指摘している。
現場の職員からすれば日々の業務をこなすことで精一杯という意識があろう。実際にすべての施設でこうした聞き取りを実施することの現実性には疑問がある。
しかし、別の業種からのアプローチがともすれば閉鎖的を見られがちなこの業界の幅を広げてくれることには疑いがない。
今後は「介護民俗学」による、本来の研究者による、より組織的な調査と論文の発展に期待したい。