「高卒女性の12年: 不安定な労働、ゆるやかなつながり」杉田真衣(大月書店)
社会学の研究者による若年女性ノンエリート層を対象とした調査研究。
杉田らは2002年から都内の高校で89人の女生徒にインタビューを行った。そのうちの4人に卒業後1年目、3年目、5年目、10年目、12年目と継続的にインタビューを続け、その後の人生をまとめている。
彼女らはいずれも大学に進学せず、正社員として就職もしなかった、本書で言うところの「若年女性ノンエリート」層である。本書では大きく2章を割いてそのインタビューの詳細を載せているが、本書で重要なのは課題設定と分析だと思う。
ノンエリートの若者を対象とした研究は数多くあるが、その対象は男性が中心であった。また、非正規から正社員というルートを無条件で肯定的にとらえ、これを実現するにはどうするかを考察するべきという暗黙の了解があった。
ところがノンエリート女性の側からすると、はじめから彼女らには正社員としての就職に大きな障害があったのである。正規・非正規という問題ではなく、職を見つけること自体が簡単でないというのが現実なのだ。
また、彼女らは性的サービスに関わることが多い。一般社会にはセックスワーカーやマイノリティを低位の存在として位置づける視点があり、彼女らはそれに不断にさらされ、社会的にも意識的にもその視線に抵抗する必要があることをあらためて指摘している。
本書の調査は限りなく少ないサンプルに基いているとは言え、リアルな当事者の声でこのような一般社会の意識に焦点をあて、あらためて疑問を呈することは意味が大きいだろう。
さて、そうしたリアルな当事者の声は一体どういったことを伝えているのか。彼女らの経済状況、家族、夢、仕事についての現実はもちろん厳しいが、決して無情なものでもなかったというのが私の感想である。
非正規からまた非正規への転職や性的サービスへの就労についての、彼女らなりのノウハウの蓄積があることは興味深い。そして、彼女らの厳しい人生の渡り方には、いつでも家族や友人やその他の大人が関わっていた。
その中でも特に印象的なのは、メンタルクリニックの医師や亡くなった母の友人などが折にふれて関わることである。それは女性ならではのことだろうか。男性のネットワークの使い方はもっと実利的であるように思う。
それから友人との付き合いが彼女らの人生の重要な要素である。その友人との関わりについて杉田は印象的な記述をしている。
彼女たち一人一人のその「航海」において、友人の船はすぐ横で伴走していることもあれば、遠くまで離れていくこともある。それでも、船体がかすかに見えることで、同じ海域を航海していることは意識される。近づいたり遠のいたりしながらも互いの存在は感じ続けられることで、同時代に航海する海域、言い換えると彼女たちが生きる<社会>の輪郭がかたちづくられる。そのようにして、彼女たちは大人のコミュニティにも支えられながら、自分たちなりの<社会>をつくりだそうとしている。(P227)
論文にしては情緒的であるが、温かみのある文章で状況一般をよく伝えている。
ひとつ苦言を言えば、性的サービスに関する分類・分析の章は「水商売」という伝統的な視点がすっかり抜けていた。その水商売で成功する女性もいる。これを否定的な視点だけで考えると片手落ちだと思う。
しかし、これはともすれば女性小説家が書きそうな素材であるが、良い意味で期待を裏切った。研究者の冷静な調査と分析によって現代の重要な断面を適切に写し撮った良い調査研究そして良書である。