「手話を生きる―少数言語が多数派日本語と出会うところで」斉藤道雄
東京品川区のろう学校明晴学園の理事による「日本手話」についての概論。斉藤によると、現在日本のテレビや講演で見られる手話通訳は「日本語対応手話」であり、「日本手話」ではないと言う。
日本手話とは何か。それはろう者による自然言語であり、日本語に逐次対応する補助的言語ではない。日本手話はそれ独自の文法を持ち、自然な発展手法を持っている。
どんなに優秀な手話通訳者でも、ろう者同士が使っている日本手話を完全に理解することはできない。それは聴者の手話通訳者は日本語で考え、日本語に対応してから話すためである。
外国語通訳、例えば英語通訳が英語スイッチを脳内に持つように、手話通訳がそうした装置を持つことはできないと私は考える。なぜなら日本人にとっての英語環境のように、聴者が完全な手話環境を持つことは不可能だからだ。
本書では日本手話は独自の文化と独自の感性を持った、ろう者という少数民族による独自の言語であると考えるべきと主張する。それはそもそも、ろう者同士が自然に意思疎通するための言語であり、ろう者が日本語社会に適応するためのものではないのだ。
本来日本手話は近代以降、ろう者の間で自然発生的に使われてきており、独自の発展をとげてきた。しかし、昭和初期からろう教育の専門家によって口語話法への転換がろう者に強制的に進められるようになった。しかし、ろう児童へ日本手話を禁止した結果、その知育発展に大きな悪影響をもたらした。それは実際の調査研究でも明らかである。
幼少時に言語獲得に失敗するとその子はことばが未熟になるだけでなく、ことば以外の思考活動もひどく損傷されるということだ。(本書 p94)
第2言語(日本語)を十分に理解するためには、自分が十分コミュニケーション可能な自分の言語(日本手話)を幼児期に発達させる必要がある。
ろうの両親を持つネイティブなろう児は自宅に帰れば手話によってスムーズな意思疎通ができるのに、ろう学校ではそれを禁止され、一日中意味の分からない口話読み取りと発話を強制される。それによってろう児の学力が小学校卒業程度に制限されているのだとの主張もある。
それは社会的包摂という大義の基に近代以降強制的に進められた。 斉藤はそれを米国のろう学研究者バディ・ラッドの言葉を引き「ろうのホロコースト」と呼ぶ。本来あるべきコミュニケーション手段を封じられることで、ろう者の精神の多くが殺されてきたのではないかと言うのだ。
そして、それは現在でも継続していると本書は警告している。
聴者(健常者)に近づけるためとの善意と熱意でもって日本手話を禁止するという教育を推進してきた研究者や教育者は、おおいに反省するべきであろう。しかし、日本手話を全面的に採用しているろう学校は国内ではいまだに明晴学園1校だけであるという。
そうしたろう教育がいまだに主流であるのは、ろう教育が聴者主導によるものだからである。なぜなら、そうした主導的な聴者には日本手話の本質が理解できないのだから。
こうした日本手話をめぐる教育の歴史は、ろう者に限らず少数民族が、彼らが暮らす社会の絶対多数とどう関わっていくかという文化の問題となっていく。ソーシャル・インクルージョンという名のもとに圧殺される文化。福祉という名のもとに禁止されるコミュニケーション。
本書のテーマはろう者と手話にとどまらず、少数文化、言語学などの多岐にわたる。特に少数文化と福祉のあり方については多くの示唆を得ることができる良書である。
日本手話と日本語対応手話の違いサンプルは以下。こんなに違うのかと驚いた。