「失われた兵士たち 戦争文学試論」野呂 邦暢
終戦直後に多くの兵士・軍人たちが出版したものを戦記物という。野呂は一般書籍、自費出版、私家版など500冊あまりを収集し、これをあの戦争への考察の糧とした。
「文学の域に高められていないという理由で軽んじられ話題にもならない書物の一群がある」
昇華され文学としての純度が高いものが本当に戦争の実相を伝えるのに適しているのだろうか。
こうした膨大な数の読みにくく、もう手に入らない書物の群れこそが真にそれを伝えるのではないかと思った。
戦記物を書いたのは兵士もいるが幹部クラスだった軍人もいる。彼らの書いたことが戦略、戦術といった対局についてが多いのに対し、兵士たちのそれは現代の読者が期待するような戦闘シーンはほとんどなく、ほぼさまよい、飢え、無為な日常であったという。
それは今日伝えられる太平洋戦争での死者の60%が飢えと病気であったという記録と符合する。
それでも当時でもベストセラーになるのは職業軍人の書いたものが多かったという。伝説の零戦パイロットの華々しい物語がもてはやされる現代を省みて、これが人間の実相かと寒々しくなった。
目次と引用文献リストはまさに貴重な資料である。この資料が散逸せず、出来ればどこかに文庫として閲覧可能となっていることを願う。