『裏声で歌へ君が代』丸谷才一

『裏声で歌へ君が代』丸谷才一

ふとしたことで台湾独立運動のリーダーと知り合った主人公梨田が、いつのまにか中台政治活動の裏面に巻き込まれていくというストーリー。中国と台湾の思惑が浮かび上がり、国際政治の黒幕が暗躍。そして主人公がたっぷりと国家論を語るという知的なエンタテインメント小説である。

しかし、高度成長に浮かれる現在に過去の戦争がぽっかりと暗い口を開けるという部分は「笹まくら」にも共通する。

主人公が現在起きていることで翻弄されているのに、ふとしたことで現在まで生き延びられなかったかもしれないことを突きつけられるという感覚。それは戦争と地続きの現代(昭和)を生きる人間の普遍的な感覚ではなかったろうか。

これもまた昭和という時代に生まれた優れた小説である。