『チャーズ―出口なき大地』遠藤誉

「チャーズ―出口なき大地」遠藤誉

「魂の脱植民地化とは何か」深尾葉子で取り上げられており、興味をもって読んでみた。引き揚げの体験談や書籍は数多くあれど、これは想像を絶する凝縮された体験。

遠藤の家族は戦前長春に暮らしていた。彼女の父は薬品製造販売(ギフトール)で成功しており、その社会的意義も中国社会から認められていた。それもあって戦後も現地に留まっていたのだが、国民党が支配する地域を八路軍(共産党軍)が包囲するにつれて街は深刻な食糧難におちいる。

家族は幼い弟を栄養不足で死なせたのをきっかけに長春を出て、中国人の知人を頼ることにしたのだが、街の周辺にこの世の地獄があることを知らなかった。

国民党側のゲートの外側にさらに八路軍のゲートがあったのだ。そしてそのゲートはめったに開かれることがない。よって長春の街を出た者らはその中間地帯に長期間にわたって留め置かれることになる。食料も飲水もない地帯に。

そのチャーズに留められた者は数十万人。生き延びるための略奪と屍体の山の上で死を待つだけの毎日であったという。そこには日本人も中国人もない。国民党と共産党の闘争という中国建国の悲惨な一面である。

遠藤は物理学の研究者らしく、生存者の記憶や事実関係の検証からチャーズの状況を再現し、歴史的背景による考察も行っている。このことを伝える記録が現地にもほとんどないということから、本書は貴重な記録であろう。