「日本の教育はダメじゃない ―国際比較データで問いなおす」小松光・ジェルミー・ラプリー
本書はピザ、ティムズ、ピアックなど国際的な調査に基づいた日本の教育への提言である。「だから日本はダメだ」との見方にも、「だから日本はスゴイ」との主張にも与することなく、あくまでも科学的視点の提案に徹底している良書。
本書では巷間に流布する日本の公教育に関する悲観論をデータに基づいた国際比較からひとつひとつ否定していく。
いわく、日本の学生は知識が低い、創造性がない、問題解決能力が低い、学力格差が大きい、大人の学力が低いという評価は、国際的に比較すればすべて根拠がないのだ。
また、日本の学生は勉強時間が長すぎる、勉強に興味を持たない、自分に自信がない、学校が楽しくない、いじめや不登校が多い、先生の授業の質が低いなどのネガティブな(自己)評価がある。
これらは日本人だけが持つ評価であり、実際には世界的に評価が低いわけではない。調査し比較すれば、劣っているわけでも勉強時間が長かったりすることもない。
むしろ、自己評価が低く、勉強時間は少ないのに、学生や大人の知識に高い成果が出ているのはなぜなのかを考えるべきとしている。実際に大人の知識・学力を比較すると、世界ではトップクラスという調査結果である。
また、日本の学校で行われている「授業研究」が世界から注目されていることを指摘し、欧米からの教育方法(アクティブラーニングなど)を輸入する必要性に疑問を呈している。
私は本書における洞察部分、例えば国民の自己認識と自己評価に関して宗教観の違いを指摘している部分(p115)や、教育関係者の意識にある欧米キャッチアップ論に関する指摘(p186)には疑問がある。
一方で、特に給食や体育の授業、生活指導などの「全人的」教育に関する世界比較データが興味深かった。週に1日も体育の授業のない国を比較すれば日本は最低ランク(つまり最も多い)である。さらに詳しい調査があれば見てみたいと思う。
本書の主眼はデータに基づいた国際的な視点から日本の教育を再評価するべきという提言である。私も従来の閉鎖的な悲観論を超えて、こうした視点から日本の教育についての冷静な議論が行われることを望む。
最後に国際調査のまとめ部分を引用する。これだけでも目から鱗が落ちるのではないか。
これで第1章は終わりです。最後に、この章で学んだことをまとめておきましょう。
①日本の子どもたちは、基本的な知識という点では世界トップクラスである。
②知識を創造的に使うという点でも、数学と理科については、世界トップクラスである。ただし読解については数学や理科より劣り、先進国の平均的なレベルである。
③創造性を現実的な問題解決に活かす能力は、世界トップクラスである。
④学力格差に関して、基本的な事項を理解していない子どもは少ない。ただし、学力には社会階層の影響が認められ、他の先進国と同程度に不公平な社会である。
⑤大人になったときの能力は、世界トップクラスである。
⑥学力の一貫した低下傾向は認められない。(第1章「学力は本当に低いのか?」より p65)
最後に、日本の子どもたちに関するこの章での議論をまとめておきましょう。
①国際的に見ると勉強時間が少なめである。
②受験やテストに対して感じるプレッシャーの程度は、国際的に見ると普通である。
③高い学力を塾通いから説明するのは難しい。
④高い学力は、むしろ、子どもたちの学習に対する考え方や、先生方の授業のやり方によるかもしれない。
⑤勉強に興味をあまり持っていないが、これは「学び」のために必要なことかもしれない。
⑥自分の能力にほとんど自信を持っていないが、そのことが高い学力を支えているのか もしれない。
⑦国際的に見ると、学校が楽しいと感じている子が多い。
⑧いじめは国際的に見ると少なく、不登校も学業の修了という観点からは欧米のドロップアウトの問題よりは相対的に軽徴である。
⑨10代の自殺率は国際的に見て中程度である。
⑩肥満の割合という観点からは、非常に健康である。(第2章「教育の代償は大きいのか?」より p138)