『ウィーン近郊』黒川創

『ウィーン近郊』黒川創

ウィーンで25年間暮らした兄が自殺した。今は京都に住むその妹がその後の手配のために現地へ飛ぶ。彼女は養子縁組から間もない乳児を連れての旅である。そこで領事官や職場、教会など兄の知人などの手助けを得てつつがなく手配を済ませて帰国するというストーリーである。

あまりない経験であろうが今日では珍しいことではない。そして心象風景も大きな起伏がなくたんたんと綴られる。きわめてパーソナルな感情を個人の枠を大きく出ることなく描くという、私小説という近代日本の純文学の系譜を引き継ぐ作品。

しかし、私小説はあくまでも作家個人の独語がベースであるが、この作品は複数視点による構造でそれが開放感をもたらしている。だから飽きない。

ところで、私は妹の西山奈緒の葬儀場での演説や、領事館の久保寺光のブレヒトやクリムトに関する内的独白は作家が言わせたもので現実のものとは思わない。そしてもちろん作家にはそうする権利があるし、読者にもどうとでも解釈する権利はある。