『所有せざる人々』アーシュラ・K・ル・グィン
堂々たる古典文学、教養小説である。本書で語られるテクノロジーや社会論は現代となっては古めかしい議論であり小説の背景に過ぎない。しかし、それでも本書は全く価値を減じることがない。
この小説を読んでいるとトーマス・マンの『魔の山』が常に思い浮かんだ。『魔の山』でもアナーキズム、共産主義、資本主義などの社会論がさかんに論じられた。本書では惑星ウラスとアナレスの制度の違い、そしてオドー主義とは?か。そして本書にもヴァルプルギスの夜がある。
ひとりの男がいて、その仕事がある。妻や子どもがいて友人や仲間がいる。敵も陰謀もあり、暴力にもさらされる。父は縁が薄く、母は敵対する。旅立ちがありそして帰還もある。そうした、ひとりの人間が人生を通じて迷い、そして成長することが描かれる。これこそが小説ではないだろうか。
いまどきの入り組んだ仕掛けばかりの小説を読んでいると、本来の小説とは何かと迷う時がある。そうした時は常に古典に向き合うべきと思う。
考えてみると高齢になってもまだ読んでいない古典文学がたくさんある。そうすると新しい小説を読まなければならないどんな理由があるのだろうか、とふと思う。
追記:本書をユートピア論から読み解く論文もあった。「ユートピアの実践」高橋一行