『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ:「もう一度始める」ための手引き』エディ・S・グロード・ジュニア

『ジェイムズ・ボールドウィンのアメリカ:「もう一度始める」ための手引き』エディ・S・グロード・ジュニア

私自身はボールドウィンを読んだことがない。彼についてはドキュメンタリー映画『私はあなたのニグロではない』を観たことがある程度である。

また、本書によれば、アメリカの人種差別問題こそが彼の人生と活動の唯一最大の課題であり、かつ彼の全作品のテーマでもある。

それ故、軽々にこの本について語ることはできない。そして、彼についてはそうすることを控えなければならないという気持ちになる。それはごく自然に敬虔に感じてのことだ。

それでもあえて本書を紹介するなら、アメリカ黒人の文化と歴史の研究者である著者、エディ・S・グロード・ジュニアがボールドウィンの著作と人生の歩みに沿ってアメリカの人種差別問題について考察するというエッセイである。

もちろん、ボールドウィンの思想についての著者の深い洞察があり、当事者以外(アメリカ人でもなく、ブラックアメリカンでもない)がこの問題の深部についてうかがい知るための貴重な手助けになる本である。

その洞察は当然、現代から60年代、70年代の公民権運動の時代を照射するものとなる。

が、同時に初の黒人大統領であるオバマへの失望の現代、トランプ大統領のいる現代から、ニクソン大統領、レーガン大統領のいた時代へ新たな失望感を照射することでもある。

アメリカの人種差別問題は結局白人問題である。アメリカは偉大な国である。その偉大な国には人種差別などないという嘘を、心から信じなければ白人は生きていけない。そして白人社会は日々、その嘘に苦しめられ仕返しされている。それを正し、その苦しみから逃れるには、その嘘を嘘だと認める以外にない。

それを正すチャンスがこれまでに2回あった。それは南北戦争直後のリコンストラクションの時代と20世紀後半の公民権運動の時代である。そしてどちらも失望に終わった。白人がそれを認めるのを拒んだからだ。

それが私が本書から読み取ったボールドウィンの思想である。

そして、3回目のチャンスがやってきた。トランプ大統領の登場という裏返った現象によって。差別主義者である米国大統領の登場によって白人も有色人種も移民も、その現実に気づかざるを得なくなったからである。

もちろん冒頭に書いた通りこの問題については軽々な見方はするべきではない。あくまでもメモとして私はここに記しているのだ。

さて、もうひとつ考えたのは、台湾社会の人権との向き合い方である。

台湾社会も戦中、戦後と激しい差別と弾圧の時代を経て、今日では人種的多様性を積極的に保護する政策がとられ、国民もそれを受け入れているようだ。政党の人気取り的な面もあるが「移行期正義」の名のもとにかなりの予算をかけて自らの過去に向き合っている。

こうした国民意識と政治の方向性が地政学的な理由だけであるとは私には思えない。国民の意識の深層に人種や多様性を容認する何かがあるように感じる。(台湾人の人種?肌の色の問題?との指摘もあるが、原住民族を中華系住民や日本人はどう扱ったのか?)

それを「アジア的な何か」であるという軽々な意見は控えるべきではないかという、こちらについても敬虔な態度が自分には必要だとも思っている。