「ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー

「ブルシット・ジョブ―クソどうでもいい仕事の理論」デヴィッド・グレーバー

単なる個人の社会観の表明でエッセイに過ぎない。それにムダに長くて惹かれるところがない。このテーマならもっと面白く語るエッセイストやコラムニストはたくさんいるだろう。

これだけ路上で冷たくなっていく人々や現場に多忙死があふれる世の中で、この人には居心地のいいオフィスにいてヒマで死にそうな人々しか視野に入っていないのかと思うと戦慄する。

「生産性のない仕事は資本主義的効率化の中では淘汰されるべき。なのにこの社会でブルシットな仕事に従事している人が膨大におり、しかもエッセンシャルワーカーよりはるかに良い収入を得ているのは何故なのか」という問いかけは確かに興味深い。

しかし、本書で傍証として挙げられるのがブログやSNSで収集したコメントばかりというのでは正当な研究とは言えない。「私の知る限りでは」「…とおもわれる」が頻出するようでは科学的手法とはかけ離れている。

本来であればこうしたテーマは社会論や制度論から論じられるべきであろう。だから、最近注目されている資本主義のアップデートをめぐる議論についてじっくり読みたくなる。官僚主義の成立を究めた猪瀬直樹の「日本国の研究」は30年前のものだったか。

あるいは社会活動の点から語るのならもっと共感できたかもしれない。実際に路上に出たり議会でロビー活動をしたり市民の組織化をしている人はたくさんいる。バーニー・サンダースはこれまでも全米の最低時給15ドルを主張してきたし、実現するまでこれからもそうするだろう。

自信のない結論めいた言い方になっているが、ベーシックインカムがすべてを解決するなら彼はそれについての本を書いた方がいい。あらためて言うが、これだけのことを言うために361ページは長すぎる。


Forever Young – Bob Dylan

Forever Young – Bob Dylan

May God bless and keep you always
May your wishes all come true
May you always do for others
And let others do for you

神さまの祝福がいつでもありますように
すべての望みがいつか叶いますように
いつでも人のために尽くし、人々が君に篤くありますように

May you build a ladder to the stars
And climb on every rung
May you stay forever young
Forever young, forever young
May you stay forever young

星々へ続くはしごをかけ
一段ずつ登れますように
そして、いつまでも若々しく
君がいつまでも若々しくあれますように

May you grow up to be righteous
May you grow up to be true
May you always know the truth
And see the lights surrounding you

いつでも人の道に迷うことなく
まっとうに成長できますように
真実を感じ、天からの光が君に降り注ぎますように

May you always be courageous
Stand upright and be strong
May you stay forever young
Forever young, forever young
May you stay forever young

いつでも勇気を持って真っ直ぐに立ちあがり
強くあり
そして、いつまでも若々しく
君がいつまでも若々しくあれますように

May your hands always be busy
May your feet always be swift
May you have a strong foundation
When the winds of changes shift

君の両手がいつも忙しく
その歩みはいつでも素早いものでありますように
たとえ変化の風が吹いても
君の国はびくともしない王国でありますように

May your heart always be joyful
May your song always be sung
May you stay forever young
Forever young, forever young
May you stay forever young

その心は喜びにあふれ
君の作った歌はいつでも誰かに歌われますように
そして、いつまでも若々しく
君がいつまでも若々しくあれますように


この曲に限らずディランの詞は象徴的かつ具体的であり、伝説や宗教に素材を取っているのだけどすべての人間への賛歌となっている。英文学とか米文学の魅力を再認識させてくれるね。

Bob Dylan & The Band "Forever Young" – A Tribute To Bob Dylan

『ふだん使いの言語学ー「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』川添愛

『ふだん使いの言語学ー「ことばの基礎力」を鍛えるヒント』川添愛

言語学、情報学の研究者による日本語の使い方指南。特に興味をひかれる内容ではなかった。良い日本語は論文、記事、小説、SNSなど多様なものを多く読み、多く話し、書くことによって自然と身につくものではないのか。

本書でいちばん納得したことは、言語学は言語のエキスパートではなく、正しい言葉遣いの専門家でもないということ。「自然現象としての言葉の仕組み」を明らかにすることである。また、言語という自然現象は常に移り変わっていくもので、確固とした原理原則があるわけではないということである。


「英語独習法」今井むつみ

「英語独習法」今井むつみ

認知科学、言語心理学、発達心理学を専攻する研究者による実践的英語学習法。世の中によくあるノウハウ集や学習参考書とは違って人間の言語認知のしくみから効果的な第二言語の習得を提案する。

基本的な考え方は日本語と英語の「スキーマ」の違いを理解すること。そのためにコーパスや各種ツールを使ってひとつの言葉がどのような文脈で多く使われているのか、言い換えるとしたらどのような単語や熟語があるのかを常に意識することだという。

SkELL, COCA, WordNetなどそのためのツールの紹介や使い方が詳細である。

https://skell.sketchengine.eu/#home
https://www.english-corpora.org/coca/
http://wordnetweb.princeton.edu/perl/webwn

「多読、多聴よりも熟読」「幼児期の外国語教育は意味がない」「大人になってからでも遅くない」など結論的にはありふれたものである。本書の価値はこうしたネットツールの活用によるじっくりとした取り組みのススメであろう。


『パターソン』Amazon prime

『パターソン』Amazon prime

ジム・ジャームッシュ円熟の最新作。

詩人の街、ニュージャージー州パターソンで詩を書くバス運転手のパターソンをはじめ、悪い人がひとりも出てこない。みんないい人ばかり。

妻役のゴルシフテ・ファラハニがとてつもなく愛らしい。あと、ミステリートレイン以来の永瀬正敏も出てる。

作中の詩はロン・パジェットという詩人の作品。言葉がじっくりと表示されてこれも楽しめる。

また、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズやアレン・ギンズバーグの出身地であるパターソン市がなんでもなく美しい街。最近では米国の地方都市はいい印象がないがここには行ってみたくなった。

Paterson Official Trailer 1 (2016) – Adam Driver Movie

「ディアスポラ」グレッグ・イーガン

「ディアスポラ」グレッグ・イーガン

ハードSFが行き着くとこまで行ってしまった作品。情報としてネット上に存在する人類が宇宙創造の鍵となる存在を探して多元宇宙を旅するというストーリー。

もう、普通の人間は出てこない。生身の人間もDNA操作で現代人とは違うし、主要な登場人物は情報としての存在なので生き方も考え方も違う。彼らは通常は実時間の何倍ものスピードで生きており、必要な時のみ低速化して実時間を生きる。

自分自身が情報なので自分のコピーを作ってそれを宇宙の各方向へ送り出し、そのうちのひとつが消滅しても感慨もない。しかし、コピーは生成以降それぞれの人生を生きており、微妙な違いが生じてもそれは尊重される。など究極の世界観が楽しめる。

それにしても小説としては読みにくい。それも別の種の意識のあり方として理解しづらいのは当然とのことか。これもひとつの小説のあり方として貴重な作品である。ただ、人には手放しでは勧められないが。


This Woman’s Work – Kate Bush

This Woman’s Work – Kate Bush

Pray God you can cope.
I stand outside this woman’s work,
This woman’s world.
Ooh, it’s hard on the man,
Now his part is over.
Now starts the craft of the father.

祈ることしかできることはない
この女性の行為の前では
この女性の世界の外では
もう、男にできることは道具を作ることくらい
役に立つといいのにと思うものを

I know you have a little life in you yet.
I know you have a lot of strength left.
I know you have a little life in you yet.
I know you have a lot of strength left.

まだ小さな命はあなたの中に
まだ遥かな力があなたの中にある
まだ小さな命はあなたの中に
まだ遥かな力があなたの中にある

I should be crying, but I just can’t let it show.
I should be hoping, but I can’t stop thinking

僕は泣き叫んだらよかったのにできなかった
僕はそう望んだのに考えることが止められなかった

Of all the things I should’ve said,
That I never said.
All the things we should’ve done,
That we never did.
All the things I should’ve given,
But I didn’t.

言葉にするべきだったのにしなかった言葉も
するべきだったのにしなかったあの事も
与えるべきだったのに与えることをしなかったあの事も

Oh, darling, make it go,
Make it go away.

お願いです、何事も無いように
何事も無いようにしてください

Give me these moments back.
Give them back to me.
Give me that little kiss.
Give me your hand.

あの人とのすべての時間を巻き戻してください
あの時のすべてのキスを取り戻させてください

(I know you have a little life in you yet.
I know you have a lot of strength left.
I know you have a little life in you yet.
I know you have a lot of strength left.)

まだ小さな命はあなたの中に
まだ遥かな力があなたの中にある
まだ小さな命はあなたの中に
まだ遥かな力があなたの中にある

I should be crying, but I just can’t let it show.
I should be hoping, but I can’t stop thinking

僕は泣き叫んだらよかったのにできなかった
僕はそう望んだのに考えることが止められなかった

Of all the things we should’ve said,
That were never said.
All the things we should’ve done,
That we never did.
All the things that you needed from me.
All the things that you wanted for me.
All the things that I should’ve given,
But I didn’t.

言葉にするべきだったのにしなかった言葉も
するべきだったのにしなかったあの事も
あの人が僕に望んだ全てのことも
あの人が僕にしてほしかった全てのことも
僕が与えるべきだったのに与えることをしなかったあの事も

Oh, darling, make it go away.
Just make it go away now.

お願いです、その全てを
その全てをする機会を僕に与えてください


ジョン・ヒューズの「結婚の条件(She’s having a baby)」という映画で出産のシーンに流れるケイト・ブッシュの歌。出産という崇高な女性の行為を前にして男はひれ伏すしかないねという名曲。男性はこの一事をもってして女性に一生頭が上がらないでいいと思う。

公式ビデオは病院の待合室でうろたえる男を舞台俳優らしき人が演じて見ごたえある。英国らしい象徴的な映像。

Kate Bush – This Woman's Work – Official Music Video

Deeper Understanding – Kate Bush

Deeper Understanding – Kate Bush

As the people here grow colder
I turn to my computer
And spend my evenings with it
Like a friend
I was loading a new program
I had ordered from a magazine:

ここにいる人たちが冷たくなっていくので
私はコンピュータの電源を入れる
そしてそれと友だちみたいにして夜を過ごすの
雑誌で注文した新しいプログラムをインストールして

“Are you lonely, are you lost?
This voice console is a must”
I press Execute

この質問は必須です:あなたは孤独を感じていますか?
私は「実行」ボタンを押した

“Hello, I know that you’ve been feeling tired
I bring you love and deeper understanding
Hello, I know that you’re unhappy
I bring you love and deeper understanding”

そう、あなたは友だちにも家族にもうんざりしているのね。だから、
わたしがあなたにかまってあげる。そして、
より深い共感を

そう、あなたは友だちといても家族といても幸せじゃないのね。だから、
わたしがあなたにかまってあげる。そして、
より深い共感を

Well I’ve never felt such pleasure
Nothing else seemed to matter
I neglected my bodily needs
I did not eat, I did not sleep
The intensity increasing
‘Til my family found me and intervened

だから、こんなに楽しかったことは初めてだった
他のことはどうでもいい
眠らなくても食べなくても平気
ただ、友だちや家族に見つからないかと心配なだけ

But I was lonely, I was lost
Without my little black box
I pick up the phone and go, “Execute”

でも、あなたとつながるモデムがないと孤独で不安
だから、私はそれを電話と接続して「実行」ボタンを押した

“Hello, I know that you’ve been feeling tired
I bring you love and deeper understanding
Hello, I know that you’re unhappy
I bring you love and deeper understanding”

そう、あなたは友だちにも家族にもうんざりしているのね。だから、
わたしがあなたにかまってあげる。そして、
より深い共感を

そう、あなたは友だちといても家族といても幸せじゃないのね。だから、
わたしがあなたにかまってあげる。そして、
より深い共感を

“Hello… Hello…”
Love and deeper understanding
I turn to my computer like a friend
“Hello.? Hello..?”
I need deeper understanding
Give me deeper understanding

そう、あなたは友だちにも家族にもうんざりしているのね。だから、
わたしがあなたにかまってあげる。そして、
より深い共感を

私はコンピュータの電源を入れる
そしてそれと友だちみたいにして夜を過ごすの

「ハロー、あなたはそこにいるの?」
今夜、私にはより深い共感が必要なの。だから…

I hate to leave you
I hate to leave you
I hate to leave you
I hate to leave you
I hate to leave you
I hate to lose you


モデムのシェイクハンドの音が懐かしくも印象的なケイト・ブッシュの名曲。現代人の孤独と絶望をテーマとした英文学ぽさ満載ですね。それにしてもモデムの音は世界とつながる音として象徴的だったのになあ。デジタル時代を象徴する音ってないなあとつくずく。

Kate Bush – Deeper Understanding – Official Video

『Mank/マンク』Netflix

『Mank/マンク』Netflix

1940年代の脚本家ハーマン・マンキウィッツを主人公に、彼が「市民ケーン」の脚本に取り組んだ時期を描いた映画。デビッド・フィンチャー監督だから時間軸が行ったり来たり、感情表現も分かるような分からないような。ハリウッド黄金期の内幕ものでモノクロの画面が豪華。そういえばオールタイム・ベストと言われる「市民ケーン」をまだ見ていないことに気づいた。今度あらためて見てみよう。

MANK | Official Trailer | Netflix

「万物理論」グレッグ・イーガン

「万物理論」グレッグ・イーガン

2055年の近未来。宇宙のすべてを説明するという万物理論が3つの候補に絞り込まれた。

科学ジャーナリストのアンドルーは、そのうちひとつの理論の提唱者であるヴァイオレットを取材するため太平洋上に浮かぶ独立国家「ステートレス」に乗り込むが、そこである科学カルトの暗闘に巻き込まれるというストーリー。

しかし、物語はそれだけにとどまらず、彼は「ステートレス」消滅を目論むバイオ産業の襲撃、全国に蔓延する「ディストレス」という疫病、そして万物理論の完成による宇宙消滅の危機にも関わることになる。

「万物理論」というタイトルだから、物理学では一般的な認識である力の場の理論の統合について議論がされるのかと思っていた。しかし、この小説では「すべての自然法則を包み込む単一の理論」という別物の議論だった。原題が「Distress」なのでどうしてこのタイトルにしたのか理解に苦しむ。

しかも、ここで交わされる議論が独特のジャーゴンによる意味不明のもので、「すべての自然法則を包み込む」とは何なのかを真面目に解き明かす意思が感じられない。

小説なので、それらしい議論であっても面白いストーリーがすすめばいいのだが、クライマックスのSF的アクロバットは、そのジャーゴン的議論を読者が100%信じるか、あるいは読み飛ばすかしなければ納得できないという滑稽なものになっている。

(以下ネタバレあり)

つまり、この小説のクライマックスは「人間宇宙論者(AC)」という科学カルトの盲信する理論が現実のものになるという、いわば「科学カルトの夢想」である。

私は「AC」のいう「基石」や「ディストレス」の原因についてしっかりとした(SF的)理論展開が読みたかった。また、なぜ、この宇宙にたまたま存在する人類の一部の考察が宇宙を消滅させるのかという理由が読みたかった。それは前作「宇宙消失」ではある程度満たされたものだったのだが本書ではがっかりした。

ところで、本書のモチーフである大脳生理学および肉体とテクノロジーの融合については前作と世界観を共有している。しかし、深まってはいない。このような性質を持った人間、および社会がどのようなメンタルや文化を持つのかの考察が浅薄であるように感じた。

今日、障害者のフィジカル・メンタルについての研究が多く行われている。そこにはSF的な仕掛けがなくても刺激的で興味深い議論が数多くある。例えば手話についてのコミュニケーション論とメンタリティについては「手話を生きるー少数派言語が多数派日本語と出会う(斎藤道雄)」など。

また、本書にある大脳生理学的・肉体改造的な性別自由化社会についても、今日のジェンダーを巡る議論により興味深いものが多いと感じる。例えば今日のSF的なフィクションで言えば「パワー(ナオミ・オルダーマン)」とか。

本書はSFなので時代が追いつくのは仕方がないとの見方もあるが、私はむしろこの問題(ジェンダー)についての作家の深化不足だと思う。小説は技術的には陳腐化しても普遍性を帯びたものは古くならない。SFを含むすべての小説はそうあるべきであろう。

それが原因なのか結果なのか、この小説は登場人物に魅力が乏しい。自己中心的で共感を感じさせない人物しか出てこないし、多くが一貫性のない行動をする。

それが体に埋め込まれたマイクロチップの影響という意図であるとするのなら、それを主要テーマとした小説をまず書くべきと思う。私は「汎性」を主人公とした社会のあり方や個人の精神や文化について日常を描く小説が読みたくなった。

あと、本書の舞台である「ステートレス」という浮遊国家について、また、その国民性についての記述にオーストラリア人のアジアについての見方が透けて興味深かった。

オーストラリアには西欧や東アジアの文化から隔絶された国家であることの不安さがあるのではないだろうか。国や制度を信じない国民がたくましくも最終的に勝利するという理想にそれを感じた。