『父の果/未知の月日』吉屋信子

『父の果/未知の月日』吉屋信子

新聞書評で見つけて「いつか読む」としていた本だけど、こういうのにハズレはない。読んでよかった。

吉屋と言えば大正・昭和初期の人気少女小説作家で縁がないかなと思っていたのだけど、大戦期の戦争協力とその後の絶筆期を経て味のある大人の小説を書くようになっていた。

この本はそうした戦後の小説とエッセイによるアンソロジー。

お妾さんとして生きることを選んだ女と本妻の、戦争を経て生まれた友情を描いた「みおつくし」。語り口に背筋が伸びる思いがする。

男の卑怯さと貧困の怨念を描き鬼気迫る「鬼火」。

娘を語りとしてサラリーマンの人生を慈しみをもって描く「父の果」。

私個人が以前から興味のある霧社事件を題材にとった「蕃社の落日」は、駆け出しキリスト教伝道者として事件に関わった若い女性を主人公としたもの。

「墨堤に消ゆ<富田木歩>」は障害者俳人として惜しまれながら関東大震災で亡くなった富田の伝記。こうした忘れられて欲しくない人物に光をあてる仕事に、素直さを忘れない語り口が相まって傑作。

初出を見ると「婦人界」「オール讀物」「別冊文藝春秋」など今はなき小説誌が多い。かつては活字中毒が暇を埋めるためにこうしたぶ厚い雑誌を買っていたものだ。

そんな雑誌の目次に名前を見つけたら必ず読む。それも最後にホッといい気分になるために。吉屋はそんな作家だと思う。