『懐郷』リムイ・アキ

『懐郷』リムイ・アキ

現代の台湾原住民族タイヤル族女性、懐湘(ホワイシアン)。

小さな村に生まれ、若くして過酷な結婚生活を過ごし、やがて都会の水商売で成功しながらも配偶者に恵まれず苦労を重ねた彼女の人生は、ともすれば空想的になりがちな原住民女性のイメージに確固とした現実性をもたらした。

しかし、厳しい山村の生活と配偶者の暴力、ガガという民族の定めに従いひたすら男の身勝手に耐え続ける女のありよう。それは言ってみればかつての日本で言うところの演歌の女であり、昭和生の私には既視感があった。

それよりも本書の興味深い点は、ガガという原住民族コミュニティの物事の決め方であり、この風習に基づいた精神のありようが仔細に描かれていることだろう。また、彼らと客家、福佬人(閩南人)などとの関わりや、洗骨の習慣。それから原住民族におけるキリスト教のあり方についても興味深かった。

ガガについては「台湾北部タイヤル族から見た近現代史」に詳しい記述がある。

本書解説に特に興味深いことがあったのでそれを引用する。

この作品には漢民族から受ける差別が描かれていない。リムイはあるインタビューで、彼女の作品にはなぜ原住民差別が描かれていないのかと尋ねられて、自分にはその経験がないからだと答えている。『懐郷』には民族を越えた、対等な立場での交流が描かれている。(本書 p320)