『フォルモサ・イデオロギー――台湾ナショナリズムの勃興 1895-1945』呉叡人
台湾人歴史研究者による論文集。日本統治時代における台湾ナショナリズムの生成とその後の展開がテーマである。本書は呉のシカゴ大学博士論文(英文)の日本語翻訳であり啓蒙書ではない。
なので東アジアの近代史、比較文化、帝国主義について十分な知識がないと読み通すことは難しい。私も精読を試みたが理解が追いつかず、結局拾い読みとなってしまった。しかし、それでも興味深い視点がいくつもあり、インスパイアされることが多かった。
呉は西欧の研究者が帝国主義を論ずるとき、地理的に離れており人種も違う地域を統治するケース、例えば英国のインド、フランスのベトナム、オランダのインドシナ等を常に想定していると指摘する。
しかし、呉は「隣接植民地主義」という概念を提示し、日本による台湾、朝鮮の植民地統治はそれであったとする。実際その「隣接植民地主義=隣接帝国主義」は西欧にも多く事例があった。にも関わらず西欧の研究者は日本の帝国主義についてはその視点を欠いていると指摘する。
そして、当時の日本の植民地台湾の状況を二重の周縁にあったと位置づける。そもそも日本そのものが西欧からは地理的にも文化的にも周縁であった。その植民地である台湾はさらにその末端であるという構図である。
また、日本の植民地政策は台湾割譲が始まりではなく、北海道、樺太、沖縄が始まりでありその「展開」として台湾、朝鮮の植民地化があると指摘する。
しかし、ほとんど現住民のいなかった北海道・樺太と違い、その展開で包摂化、隷属化の対象となった台湾、朝鮮には文化と伝統のある社会が存在し、さらに既存の統治機構さえもあった。本書ではこの部分について極めて興味深い議論の展開がある。
もう一点、私が興味を持ったのは台湾語の書き言葉についてである。私はこれまで台湾語の表記については深く考えたことがなかったが、あれこれと調べてみるとこれは日本語のひらがなと漢字のようにローマ字と漢字の混交であると知った。
そして、台湾ナショナリズムの勃興期である日本統治時代の初期において、主に台湾の知識人による台湾語の書き言葉についてのいくつかの試み(白話文、漢文、ローマ字)があり、また重層的な議論があったことを本書で知った。
あくまでも拾い読みであるが台湾近代史に興味のある立場からすると触発されることが極めて多かった。私のように研究者ではない者が本書を読むときは巻末の訳者解説から始めるのがいいだろう。