『台湾原住民文学選』 [2 故郷に生きる] [4 海よ山よ]
1980年代末、台湾の民主化運動と連動して原住民族のアイデンティティ確立運動が興隆し、街頭行動が盛んに行われた。その後、それは故郷へ帰ろう運動へとつながっていったのだが、その時期に原住民族作家による文学作品も数多く生まれ広く読まれることになった。それらの経緯については楊翠の「少数者は語る」に詳しいが、本シリーズはそれら台湾原住民族作家による作品集である。こうした希少分野でも日本語で読めることは大きな驚きである。
2巻目「故郷に生きる」には女性作家のリカラッ・アウーが多く掲載されており、「誰がこの衣装を着るのだろうか」「赤い唇のヴヴ」などが読める。いずれも現代の原住民族女性の日々の生活と故郷への思い、そして外省人の父とパイワン族の母のことが深く描かれている。こうした人生の深みに分け入って共感を呼び覚ますことは評論や論文にはできない。それは文学ならではのことだろう。特に白色テロの被害者であった彼女の父のエピソード(中秋節に月娘を拝む習慣)は胸をえぐられる。
4巻「海よ山よ」では多くの各原住民族から1作ずつ代表作を取り上げている。時代も人物もテーマもエピソードもそれぞれで、原住民族作家の多様性に驚かされた。漢民族浸透以前の原住民族が自由民であった日々の生活について、現代の都市労働者としての悲嘆にあふれる毎日、一方で山の部落の移り変わり、日本統治時代の出草について、貧困にあえぐ山の民の労苦について、また伝統を取り戻そうとする若者の活動など本書では今日の原住民族に関わる多くの問題がカバーされている。
4巻「海よ山よ」でどうしてもひとつを取り上げるならヴァツク(パイワン族)の「紅点」である。山の民であるパイワン族の若者が家族のために漁船に乗ることになる。その間部落は零落し人々は散り散りになるが、海に出かけた人々からの声を録音したテープを聞くときだけは皆で集まった。それはあたかも祖霊の言葉を聞くようである…。離れ離れになっていく家族と消滅していく民族という日本人にすら心の奥底に響くテーマを印象的に描いた作品である。「紅点」は人類普遍に通じる文学作品だと思う。
台湾原住民文学選2【故郷に生きる 目次】
◎リカラ・アウー集◎
誰がこの衣装を着るのだろうか
歌が好きなアミの少女
軍人村の母
白い微笑
離婚したい耳
祖霊に忘れられた子ども
情深く義に厚い、あるパイワン姉妹
色あせた刺青
傷口
姑と野菜畑
故郷を出た少年
父と七夕
あの時代
赤い唇のヴヴ
ムリダン
永遠の恋人
医者をもとめて
山の子と魚
オンドリ実験
誕生
忘れられた怒り
大安渓岸の夜
ウェイハイ、病院に行く
さよなら、巫婆
◎シャマン・ラポガン集◎
黒い胸びれ
第一章
第二章
第三章
第四章
【解説】部落に生きる原住民作家たち 魚住悦子
台湾原住民文学選4【海よ山よ 目次】
1 母の歴史、歴史の母 孫大川 (パッラバン) [プユマ]
2 ホレマレ ワリス・ロカン [タイヤル]
3 パンノキアタウ・バラフ [アミ]
4 リヴォクの日記 ロゲ・リヴォク [アミ]
5 出草 ユパス・ナウキヒ [タイヤル]
6 花痕 蔡金智 [タロコ]
7 どうしてケタガランなのか? 楊南郡 [平埔族/シラヤ]
8 タイヤル人の七家湾渓 マサオ・アキ [タイヤル]
9 雲豹の伝人 アウヴィニ・カドリスガン [ルカイ]
10 生の祭 ホスルマン・ヴァヴァ(ブヌン]
11 大地の歌 ブクン・イシマハサン・イシリトアン [ブヌン]
12 ムササビ大学 サキヌ [パイワン]
13 薑路 バタイ [プユマ]
14 プリンセス リムイ・アキ [タイヤル]
15 紅点 ヴァツク [パイワン]
16 霧の夜 ネコッソクルマン [ブヌン]
17 聖地へ イティ・ダオス [サイシャット]
18 親愛なるアキイ、どうか怒らないでください パイツ・ムクナナ [ツオウ]
19 マカラン シナン・シュムクン [タオ]
【解説】木霊する生命の歌 柳本通彦