『台湾研究入門』若林正丈, 家永真幸
台湾研究の第一人者編集による台湾研究論文集。法制度から教育、流行歌、中国の影響、台湾人アイデンティティまで、台湾研究における課題をほぼすべてカバーしている。
いずれも短く概要および本論への導入だが各分野の専門家による手際の良いまとめである。それぞれの分野において今何が課題となっており、するべき議論は何であるかが分かる。私のような初学者の入門書としてまさに適切である。
本書からは示唆を受けることが多かったが特にメモすべきことを以下に記す。
II-3「中華民国の国家(三澤真美恵)」では戒厳令下の国歌について、仲間と酒を飲み麻雀をやっているときでもラジオなどで国歌が流れたときには起立しなければならなかった様子が引用されている。映画館でも本編の前にかならず国歌フィルムが上映され観客はみな起立しなければならなかったとのこと。
III-1「台湾人アイデンティティ(何義麟)」では米国における出自調査において台湾出身者も中国にカウントされてしまうことへの反対運動について述べられている。
III-2「多文化主義(田上智宜)」では「それは、単に状態として多文化であるというのではなく、多様な文化が共存しているのが良い社会であるという考え方が共有されているのである。それは、多文化主義が社会統合理念として重要な役割を果たしているからである。」という力強い記述が見られた。それは「みんな違ってみんな良い」や「世界で一つだけの花」といった日本の裏付けのない多様性アピールとは一線を画するものだと私は思う。
III-3「台湾語映画(魏逸瑩)」では奇跡のような1980年代の台湾ニューシネマ勃興についての記述がある。本論ではわずか数行しか触れられていないのでこの点についてはもっと知りたくなった。
IV-1 「『台湾史』と『日本史』の交錯(呉密察)」では台湾人による議会設置請願運動と朝鮮の請願運動との違いについて言及している。いわく、台湾では台湾人による本島の自治を求めて台湾議会設置を求めたのに対し、朝鮮の請願は帝国議会議員の選出による国政への参与であった。台湾総督府内部の対応は、もし台湾議会設置運動を止めることができないのならその運動目標を帝国議会議員選出に変更するように促したい旨であったとしている。
各論文には脚注および引用文献が整備されていることが本書の大きな価値になっており、これらを基にさらなる調査研究をすすめることが可能である。本書は台湾研究者にとっては必須の書であろう。
【主要目次】
はじめに「相互理解の学知」を求めて(若林正丈)
I 日本植民地統治が台湾社会に与えたインパクト
1 統治構造――清朝から台湾総督府へ、国家・社会関係の転換(新田龍希)
2 台湾法制――同化と差別の根底にあったもの(浅野豊美)
3 近代国家による可視化と台湾、台湾原住民(松岡格)
4 学校教育(駒込武)
5 在台日本人――日本帝国下の人口移動と文化変容(顔杏如)
6 ジェンダー・階層・家族(洪郁如)
7 「平穏」な籠の中で歌う――流行歌に投影された台湾の戦前、戦後(陳培豊)
8 日常生活史(陳文松)
9 台湾ジャーナリズムにとっての帝国経験(谷川舜)
10 脱植民地化の代行――台湾の日本認識に焦点をあてて(森田健嗣)
II 「中国」との距離
1 中華民国憲法(吉見崇)
2 国籍と戸籍から見る中華民国台湾の境界(鶴園裕基)
3 中華民国の国歌(三澤真美恵)
4 国定記念日と祝祭日(周俊宇)
5 分断国家の正統性(家永真幸)
6 一国二制度(倉田徹)
7 台湾と中国の経済関係(佐藤幸人)
III 台湾の民主化以降の社会・文化
1 台湾人アイデンティティ(何義麟)
2 多文化主義(田上智宜)
3 台湾語映画(魏逸瑩)
4 まちづくり(社区営造)の担い手のゆくえ(星純子)
5 慰安婦問題(劉夏如)
6 移行期正義(平井新)
7 台湾の政党政治と保守政党(林成蔚)
IV 台湾の学界から見た日本の台湾研究
1 「台湾史」と「日本史」の交錯(呉密察)
2 台湾における「若林台湾学」の受容(許佩賢)
V 台湾研究序説のために
1 「台湾という来歴」を求めて――方法的「帝国」主義試論(若林正丈)