『バベル オックスフォード翻訳家革命秘史』R・F・クァン
19世紀の英国オックスフォードを舞台としたダークアカデミアファンタジー。
中国、インド、ハイチ、英国から言語能力に素質のある4人の少年少女が集められた。この世界では銀盤の両側に同じ意味を持つ違った言語の単語を彫り込むと特殊な魔術が発動する。「銀工術」である。
より強力にこの魔術を機能させるためにはそれぞれの言語がより遠く隔たったものである必要がある。さらにそれぞれの言葉の意味にずれがなければならない。それ故その少年少女たちは世界各地から言語のエクスパートとなるべく集められたのである。
そうした魔術が広く浸透した英国と各国の状況を、少年たちの残酷な体験から語るのが上巻。ハリー・ポッターのようなYA小説ではない。物語がすすむにつれて搾取と差別が渦巻く世界から欺瞞に満ちたアカデミアの世界へ移された子どもたちは自らの差別意識と現実拒否意識にも苦しむことになる。
そして下巻になると銀工術を基礎とした英国の帝国主義と人種差別的制度に対して主人公たちの内的葛藤が抑えきれないくらい高まり、やがて革命じみた暴力的な抵抗行為へとエスカレートしていく。
本書はファンタジーの衣をまとっているがこれは産業革命と帝国主義への批判である。しかし、なぜ2020年代になって19世紀英国の社会問題を批判する小説が書かれなければならなかったのか、私にはわからない。
ダークアカデミアの魅力的な舞台として19世紀の英国を舞台にして、それによって多くの読者を獲得できるのかもしれない。それは実際に成功したのだろう。しかし、私はどうしても帝国主義と産業革命をそのように扱ってほしくない。
物語について言えば「革命の栄光と挫折」ものにしてはずいぶんちんまりとした展開である。フランス革命、パリ・コミューン、ロシア革命、さらに言えば中国の清朝末期とその後の国共内戦。小説よりも史実の方がよほどエキサイティングである。クァンは中国生まれ米国育ちとのこと。彼女がどのような歴史認識を持っているのか興味深い。
ところで、19世紀英国社会への批判であれば多くの評論や小説がすでにある。ジョージ・オーウェル、ジョゼフ・コンラッド。世界中で繰り返し読まれ今日でも評価が高い。そちらをもう一度読みたくなった。