『誰の日本時代: ジェンダー・階層・帝国の台湾史』洪郁如
台湾人の歴史研究者による台湾の日本時代に関する論文集。日本語で書かれたものであり翻訳ではない。
日本人はもちろん台湾人の「日本語人」による記録や、台湾で高等教育を受けた台湾人が語る日本時代のものは多い。しかし、本書は「それ以外」の人々による声で日本時代とその後の台湾社会を捉えようとする試みである。本書には従来の研究にはなかった多くの新たな示唆があった。
洪は本書で多くの公的資料を基に一般的な台湾人の識字問題や女児取引問題、女性の識字率向上のため自助努力、不安定な職業と搾取の構造、女性の移動(旅行)の実際、戦後の台湾農村学生の就職などに関する台湾日本時代の大きな構図を解き明かす。
その一方で在台湾の日本女性の戦中記録、謝雪紅や呉蓼偸の自伝などのオーラルヒストリーを引用しておりそれによってその大きな構図に具体性をもたらしている。
以下、いくつか本書から示唆を受けたテーマを挙げる。
台湾社会にあった女児売買の習慣、養女、媳婦仔(シンプアー)、査某嫺(ツアポカン)についての詳細な差異について説明している。日本帝国はこうした制度・習慣について法制度の整備はしたものの実際の取り締まりは行われなかった。そのため人身売買については実質的な影響力はなかったという。(第3章 植民地の法と習慣 台湾社会の女児取引をめぐる諸問題)
昭和期の女流作家、真杉静枝が多くの台湾を舞台にした小説を書いていること。「驚きの介護民俗学」で読んだことのある六車由美が「台湾 『北』と『南』の出会い―ある沖縄人女性の生涯を追って―」という本を書いていること。(第6章 帝国日本のなかの女性の移動 台湾を中心に)
日本人警察官の妻として戦中を新竹で過ごした日本人女性への聞き取りからは、夫は出征となったが内地にいて嫁ぎ先の嫁として過酷な日々を送るよりは台湾で子どもや主婦仲間と過ごした日々が気楽であったこと。(第7章 戦争記憶と植民地経験 在台日本人女性の日記から)
日本時代から戦後にかけての教育の変化によって台湾人は深刻な影響を受けた。特に日本時代に日本語教育を受けて戦後の華語取得を強いられた世代は上の世代からは「バイリンガル(日本語も華語も)」と羨ましがられることがあるが実際は日本語も華語も中途半端で「セミリンガル」であったとのこと。(第8章 ある台湾少女の帝国後 嶺月の文学活動と脱植民地化)
戦後、国民党支配時代に農山村への教育が充実した。それによって勉強のできる農村の児童が勉強に専念できる環境が整い、さらに進学や代用教員から正規教員という就職へのルートが確率し、ひいてはそれが台湾の戦後の高度経済成長の原動力にもなったとのこと。(第9章 戦後の台湾農村における学歴と教職)
どの章も示唆に富んでおりさらに詳しく知りたいと思うことばかりだった。台湾の歴史についてこれだけ充実した知識を日本語で読めることにまず感謝したい。