『日影丈吉選集III 吉備津の釜』日影丈吉
ある戦後本格推理小説のアンソロジーで見つけた作家。日影丈吉は昭和戦後期に活躍したミステリー作家であり翻訳家、ジョルジュ・シムノンのメグレ警視シリーズやガストン・ルルーの翻訳でも有名。
本選集の短編はどれもミステリーなので事件と謎解きがあるのだが、それよりも昭和の小説とはかくやと思わせるような文体が素晴らしい。人間関係、一人ひとりの背景、とりとめのない想念、現実と妄想の曖昧な境。ストーリーよりも文章そのものが酔わせる。これまでノーマークだったがいい作家を見つけた。これから他の作品も読んでいく。
『狐の鶏』は終戦直後戦死した兄の妻を貰い受けた弟が夢現のままその妻を殺害しその後始末に追われるという話。絶望的な村の暮らしと家族関係、それから戦地に残してきた現地の女との幸福な思い出が絡まりあい結末まで加速していく感覚が素晴らしい。
『饅頭軍談」はふと知り合ったバーの女から聞いた身の上話から始まり、自分の境遇を嘆き、それから10年も経ってからふとした機会にその女の先祖と覚しき土地を尋ねる話。その謎解きに行き着くまでが長くてそれが人と歴史の縁というものかと感じさせる。
『騒ぐ屍体』は戦中の台湾を舞台にした内地人警官を語りにしたもの。本省人の妻が軍人に殺害されるという事件があったが、その屍体を検死のために新竹に運ぶ途中でまた事件が起こるというものだった。