「ツリーハウス」角田光代(文藝春秋)
お正月休みの友らしく何世代にもわたる大河ロマンは、新宿角筈の小さな中華料理店の3世代家族の物語。
戦前・戦後のドラマチックな混乱期、高度成長期の魂の彷徨、バブルと虚無の時代の生き苦しさ。それぞれの昭和を生きる人々の群像劇は一見すると角田光代の新境地のように見える。
しかし実際は、「真昼の花」や「東京ゲストハウス」など、説明なしに彷徨い、安宿で病に伏せ、理由なしに沈滞するアジアのバックパッカーたちの物語の系譜。
昭和という時代を背景に、3世代に渡ってアジアという世界や、現代の精神世界を彷徨う者たちの姿を描いた物語である。
ここでないどこか遠くへ行きたくなるのに理由はない。耐え難いことから逃げてしまうのは難しいことじゃない。そして、そこから逃げ切れるのかどうかも定かではない。それでも逃げたり還ったりして人は生きて行くのだと、角田は繰り返し書いているのかもしれない。
たまたま同時購入した「小さいおうち(中島京子)」も昭和の時代を生きた女性像を描いた小説。また、別途読んだ桐野夏生の「玉蘭」も戦時中の上海を舞台とした小説。今日の女性作家が昭和を描くのはドラマチックな舞台を必要としてなのだろうか。いずれも現代をどう配置するかで成否を分けているように思う。
角田のこの小説では現代と過去を対置するのではなく、一家族の歴史として連続させたことで小説としての重厚感が出た。しかも、そこに彷徨と帰還という一本の筋を通したことでこの物語は永遠性を得た。そして堂々たる風格のある小説となった。