「医療の選択」桐野高明(岩波新書)
各国における医療の現状(第1章)、健康保険制度の現状(第2章)、医療の課題としての高齢化社会(第3章)、産業としての医療(第4章)というテーマだてで、わが国の医療制度の課題をコンパクトに俯瞰できる良書である。
各章末に選択肢が提示してあり、これは私たちが医療制度を社会課題として判断するときのガイドである。それは同時に、私たちの社会がこれらの課題に、待ったなしに結論を出さなければならない時期に来ていることを自覚させる。
本書では、医療費についてよく聞かれる「点数制度」や「出来高払い」について、とても分かりやすく説明されている。
また、ともすれば他国との比較で日本は医療制度について利用者満足度が低いとされるが、言葉通りに受け止められるものではないともしている。①コスト、②アクセス、③クオリティという医療の3要素から詳細に見れば、決して他国に劣っているわけではない。
混合診療の問題についてもとてもクリアーな視点と問題意識が書かれている。ある医療行為は安全性と有効性に関するテストを経て標準治療となるべきで、混合医療を認めるとこれを経ない医療行為がはびこる可能性がある。
また、自由診療が認められれば、自由に価格が決められる保険外のビジネスを指向する企業が多くなり、結果として医療費の高騰を招くとしている。実際に混合診療が認められて混乱に陥った歯科治療の実例がある。
私には是非を判断することはできないが、これらはそのきっかけとなる基礎知識である。私に言える確かなことは、一般のサービスと違って、医療行為には情報の非対称性があり、医者と患者という立場の非対称があるということだ。
最後に終章にある私が最も感銘した記述を挙げる。
「医療制度の選択は、どの制度が経済的に効率が良いか、医療の質がより向上するか、医療品や医療機器の開発がより効率化できるか、あるいは政府の負担分を少なくできるか、というような単純な問題意識をはるかに越えている。それは、一国の国民が、何をもって自分たちの生きる価値と考えているのか、何をもって共有すべき価値観とするかに関係している。したがって、医療制度の変更の要求は、その深部において日本の国民が心に抱いている価値意識の変更を要求してるに等しい。このことを真剣に自覚する必要がある。」
本書は、医療と離れては生活できない我々が、これについて考えようとするときの必読の書であろう。