『台湾総統選挙』小笠原欣幸

『台湾総統選挙』小笠原欣幸

台湾政治史研究者による民主化以降の台湾の選挙に関する研究論文。1996年の第1回総統選挙から2016年の第6回まで、それぞれの選挙を社会的背景、政治的背景、族群別の構図、中国の影響、国際関係などに基づいて詳細に分析している。

特に、投票所別にそれぞれの投票結果が公表されるという台湾特有の選挙制度があり、これに基づいた選挙情勢分析が興味深い。著者の小笠原はこのことによって現地では「選挙の神様」と呼ばれているらしい。

小笠原はこれら20年にわたる各総統選挙を次のように総括する。すなわち、

  • 1996年選挙:民主化への起点(李登輝当選)
  • 2000年選挙:政権交代・改革の模索(陳水扁当選)
  • 2004年選挙:藍緑二大陣営の対決(陳水扁当選)
  • 2008年選挙:馬英九の台湾化路線(馬英九当選)
  • 2012年選挙:92年コンセンサス(馬英九当選)
  • 2016年選挙:民進党完全執政(蔡英文当選)

わずか20年の期間であったがこれらから台湾政治の大きな変遷としっかりとした民主主義の足取りを見ることができる。本書はその大まかな足取りにミクロな裏付けを与えるものであり、政治研究として高く評価できる。

さて、本書の焦眉は選挙分析であるが、私はここに族群、省籍、台湾アイデンティティのグラデーションが見えるのが興味深かった。それは左から右、上から下のような単純な1次元のグラデーションでなく、正方形の上端左から下端右へ向けての2次元的グラデーションであると感じる。そこには部分的に各種の色むらが生じているのだ。

ところで、本書では各選挙を「< 台湾ナショナリズム < 台湾アイデンティティ > 中国ナショナリズム >」という構図で表現することが多い。私は20年間の時間の重みを考えれば投票行動の結果を単一の構図で表現することは難しいのではないかと思う。

また、標準偏差によって個々の要素のゆらぎでは表現できないものが投票行動にはあるのではないかと考える。日本や米国の選挙分析ではもっと洗練された分析手法があるのではないだろうか。

そうした課題は思いついたが、しかし本書は他国の選挙制度を長年にわたって見つめ続けた労作であることは間違いがない。

「終章 総統選挙の四半世紀」における「オレ様」「お上(おかみ)」「あっさり」や「犬が尻尾に振られる」などの台湾社会への辛口の評価も著者の愛着の表出として胸を打った。「台湾の灯台」「中国に対する灯台」のくだりも台湾社会への応援としてこの上ない賛辞なのではないかと思った。

今日(2024年)では上記選挙から以下2回の総統選を経ている。また、この間、両岸関係にも変動があった。

  • 2020年選挙:(蔡英文当選)
  • 2026年選挙:(頼清徳当選)

本書もこれらの選挙を含めた増補改定版の刊行が望まれる。

また、私には専門用語として「92年コンセンサス」「一中各表」「一中原則」の意味が分かりづらかった。別途、調査が必要とメモしておく。