『8(エイト)』キャサリン ネヴィル
どこかで大絶賛していたのでその気になって読んでみた一冊。上下巻を読み通したが時間を無駄にした感が極めて大きい。むしろどうして文芸春秋社がこの本を翻訳して出版する気になったのか、1990年代の日本の出版業界を深読みしてみる方が面白いかもしれない。
ニューヨークの平凡な女がある日突然魅力的な男性に言い寄られ、いつのまにか世紀をまたがる冒険に出ることになるという、この小説は根本的にハーレクインロマンスである。つまり退屈した女性が手持ち無沙汰をひさぐためだけに読むものだ。
チェスの定石を基にした謎解きとか人類の運命を揺るがす秘密を記した暗号が物語のドライビングフォースであるが、いずれも薄っぺらいものである。
シャルルマーニュとかピタゴラス、ニュートンなどそれらしい人名や秘密めいた言葉をちりばめているだけで、どうして大人の読者がこの程度の記述で納得するだろうと思っているのか。私にはわからない。衒学趣味(かつ無内容)なら荒俣宏や京極夏彦で十分だ。
読者レビューを読むとこれを読んで「謎が解明されていくのがスッとして楽しい」などと思った者もいる。私はその方の神経や精神のあり方にむしろ興味をそそられる。
本書は上下巻それぞれ450ページとひたすら長い。長いだけで見事なまでに中身のない小説を書くという能力もまた才能かと変に感心した。
それに必要なときに危ないことが起きて必要なときに助けが現れるというあからさまなご都合主義的展開。なにしろロールスロイスで砂漠を横断中に都合よく故障し、地中海をヨットで渡っているときに都合よく嵐が来る。いずれも都合よく助けが偶然やって来る。
本作には徒労をあえて求めるのでなければ近づかないのが吉である。やっぱり翻訳して出版した者が一体何を考えていたのか、それの方が興味深い。