「民衆暴力―一揆・暴動・虐殺の日本近代」藤野裕子
江戸期以降の民衆による暴力行為をテーマとしたエッセイ。対象の選択が恣意的なので研究論文とは言い難い。なのでエッセイとした。
取り上げるのは江戸期の「世直し一揆」、明治に入ってからの「新政府反対一揆」、同じく「秩父事件」、明治時代後期の「日比谷焼き討ち事件」、それから大正時代終了間際の「関東大震災時の朝鮮人虐殺」。
日本の中世、近代史の民衆による暴力行為をテーマとしながら、なぜこの5つの事件を取り上げたのかについて納得がいかないし、実際に説明がなかった。
また、前の4つの章はそれぞれ資料読みと解釈としては興味深いものだったが、最後の章だけは著者独特の日本人論に踏み込んでおり違和感がある。歴史研究者としては実証的な態度に欠けるのはないだろうか。
日本史における民衆暴力を考えるのであれば、中世の一向一揆がある。江戸時代にも多くの農民運動があったというのがイメージとしてある。もし、それが間違ったイメージであるとするならばそれを解きほぐすことが必要だろう。
明治期であれば足尾鉱毒事件の反対運動などメルクマールとなる事件が多くある。昭和時代にも多くの学生運動が暴力的な事件を起こしている。
こうしたよく知られた民衆暴力行為の事例に触れず、前の4つの事件のみを前フリとして取り上げ、最後の事件に2章を割く。これは通史を語るものとして適切な態度とは思えない。
著者が特に関東大震災時の朝鮮人虐殺事件に興味があり、自分の考察を展開したいのならストレートに「関東大震災時の朝鮮人虐殺(を考える)」などのタイトルを付けるべきだろう。そうであれば私は本書を手に取らなかった。