『資本主義は私たちをなぜ幸せにしないのか』ナンシー・フレイザー
本書は根本的な資本主義批判の書である。
資本主義は単なる経済学の概念ではない。それは近代以降の様々な社会問題の原因であり、それらの問題の構造構築を担ってきたものとして理解するべきである。そして、それを理解するにはまず資本主義の概念を拡張して捉えるべきものであるとしている。
しかし、本書の対象範囲は極めて広範であり、かつそれぞれの分野に多様な議論が存在している。極めて興味深い内容ながら本書ではそれぞれの課題を指摘するにとどまっている。より深化した議論は今後期待するということであろう。
本書では資本主義を原因とする深刻な社会課題のうち特に次の4分野を挙げている。
第一は、資本主義は基本的に拡張志向であり、拡張するためには搾取と収奪が必要である。そして搾取と収奪する対象は常に有色人種であり周辺地域であるとする考えだ(人種・地域差別)。
第二は、資本主義は社会再生産を担うケア労働の価値を認めず、子育てや介護、障害者福祉を女性に担わせてきており、それに対する代価を支払ってこなかった(社会再生産へのタダ乗り・ジェンダー差別)。
第三は、資本主義は自然から資源を収奪し、廃棄物を投棄してきた。これにも代価を払うことなく、現代に生きる人間に環境被害を与えつつ、将来世代へその被害を丸投げしている(環境破壊)。
第四は、資本主義は有利な社会維持のために政治制度に依存しながらも、さらに自らに有利なように解体・再構築しようとしていること(政治の無力化・制度へのタダ乗り)。
資本主義は上記の四点、人種・地域差別、社会再生産へのタダ乗り、環境破壊、制度へのタダ乗りを構造として必要としながらそれをやはり構造として侵食している。
つまり、資本主義は根本的に拡大を志向していながらもその基盤を自ら破壊していることになるのだ。それが本書の原題「Cannibal Capitalism(共食い資本主義)」の意味であり、原書の表紙イラストにある自らの尻尾に喰らいついた蛇(ウロボロス)の意味でもある。
私が特に興味を持ったのは第3章「ケアの大食らい」である。
本章では近代において資本主義が生産を担うのは男性であると規定し、一方で社会的再生産を担うケア労働は女性が担うべきものとした。そして資本主義はそうした女性の無償労働にタダ乗りして生産と資本拡張をしてきたと指摘する。
ところが現代では働き盛り世代の女性を子育てや介護から遠ざけるようになった。最先端の大手企業では女性に卵子凍結サービスを提供しているという。また、母乳ポンプが大人気だという。
そして誰が子育てや介護などのケア分野を担うのか。それは移民や外国人労働者である。しかし、それを移管された外国人が本来自国でするべきだったケア労働は誰が代替するのか。さらに下部構造の構成員、つまりさらに弱い者たちである。
このように資本主義は社会的再生産活動を無償で提供されるものとして自らの拡張システムに組み込んでいる。なぜ教育、子育て、福祉分野の賃金が一向に改善されないのか。その原因がここにある。