「順列都市」グレッグ イーガン
小説としてはちっとも良くないのだが、そのセンスオブワンダーは手の届かない高みにいるよう。読んでいて目眩がした。90年代ハードSFの真価を伝える傑作。
人間の肉体と精神がコピーされてサーバー内に存在できるようになった世界。そこまでならよくある設定であるが、この世界ではそのサーバー性能が入札によって変動する。
裕福なものは自前のスーパーコンピュータで現実の世界とリアルタイムにやりとりできるので、不死者として企業のトップに永遠に君臨することができる。
一方で貧しいものは低性能のサーバーしか使えないので16分の1程度のスピードでしか存在できない。そして、いつしか現実世界から分離されて低解像度の世界に囚われることになる。
(以下ネタバレあり)
そこまでならまだ理解の範囲内なのだが、コピーから現実の人間に戻った主人公のピーターが得た宇宙についての洞察からはついていけない。塵宇宙論から発想された宇宙の限界を超えても拡張し続けることができるコンピュータのアイデアとか、因果論を超えた6次元の宇宙観は私には理解できない。
しかし、これによってつくられるスーパーサーバー世界での展開にはワクワクした。このスーパーシミュレーション世界に未知の要素を導入するため、その内側にさらにオートヴァースという仮想宇宙を作り、そこに生命の自然発生を仕掛けたというのだ。
そして、発生したアメーバ状の生命は順調に進化し、やがて知性を持つようになるという展開である。
クライマックスにはその仮想生命とそれを創造したスーパーシミュレーション世界のどちらが自然論的に正当なのかという議論が発生。そのことによってその世界の存亡を左右する事件が起きてしまうという。これはサイエンスをベースにした究極の宇宙論小説である。
しかし、小説と言うには人間が魅力的でない。そもそもそれぞれの人物の関わりが極めて少ない。
主人公のピーターとその妻、主人公と裕福なコピーであるトマスの関わりはいずれもとても薄い。サイドキャラクターのピーとケイトに至っては本筋とまったく関わらない。主人公とソフトウェアデザイナーの女性とは密接な関係にはなるが決して親密な関係でない。
ということで人間を描く小説としては低評価だが、そのSF的アイデアは飛び抜けて素晴らしい。プラスマイナスすれば高評価であることは明らかである。