『愛に時間を』ロバート・A・ハインライン
最近読んだSF小説で不死であることはどういうことかと考えた。それで以前読んだこのSF小説を再読することにした。
20世紀初頭に生まれ、人類が宇宙に広がって行った数千年という時間を生きたラザルス・ロング。彼が長生きに倦み疲れ、ある惑星の安宿で誰にも看取られず死のうとするところから物語は始まる。
しかし、その惑星の行政長官アイラ(彼もロングの子孫)に確保され、思い出すことを記録させてほしいと懇願される。一度は死のうと試みたロングだがやがて過去の冒険や思い出深い人生を語ることになる。そして再び思いがけない冒険に旅立つことになるという物語。
この小説にはそれぞれで一冊の小説になれるようないくつかのエピソードがありいずれも素晴らしい。また、この小説にはハインラインの人生観、テクノロジー観が濃密に展開されており、それもまた興味深い。
「月は無慈悲な夜の女王」を思い出させる人工知能のミネルヴァは自分の知性と全能の認知能力に限界を感じ、やがてみずから肉体を備えることにする。しかも、控えめな美しい女性として。
また、「異星の客」にあったような一夫一婦制の結婚観を否定して族婚様の家族制度を詳細に構築し物語の中で表現して見せる。それにはジェラシーを伴わないセックスのあり方も含まれる。また同性愛や近親性交、ペドフェリアも同様であり、当時も現代も超えたタブー否定の家族観が展開される。
ロングの(この小説では)最後の旅として、自分が生まれた1920年代のカンサスシティへの時間旅行のエピソードがある。ハインライン自身もこの時代を覚えているのだろう。この時代をどう生きれば良かったのか、その一方で思い通りにならないこともあるということを感慨深く描いている。
数千年の人生経験を持ちこの時代の年表を記憶しており、当然うまく世渡りできるはずだったロングでさえ想定外の事態(家族との交流や母親との恋愛!)に翻弄される。やがては避けるべき戦争へ自ら従軍し戦場で瀕死となる。私はこのエピソードこそ老熟期ハインラインの人生観という読者への贈り物であろうと思う。
この小説はとにかく長い、そして分厚い(上下2段組で756ページ)。しかし、苦労せずに読み切れるのは、ほとんどが会話文であるからである。多くの多様な登場人物がいるのに誰が喋っているのかが分かるのはハインラインの小説書きの上手さだろう。
一方でこの大作を翻訳した矢野徹の文章も素晴らしい。思えば当時は優れた翻訳者が多かったのだ。日本のSFの繁栄は彼ら翻訳者なしには興り得なかったことは間違いない。